日生と岡山と児島

 海産物で冬の味覚といえばカニとカキ。カニは身をほじくり出すのが面倒で手も汚れるし、それになんといっても高価。口にすることはめったにない。その点、カキは安くて私の大好物。そのカキのシーズンもそろそろ終わりに近づいてきたので、食べ納めに日生まで出かけた。あと、どこへ行くかは気分しだいということで、青春18切符での安上がり旅行に出発。
 京阪神から新幹線を使わずに瀬戸内へ出かける道筋は、姫路から相生を経由して岡山まで行き、その先は、さらに瀬戸内海沿いに西へ向かうのか、それとも瀬戸内海を渡って四国へ向かうのかのどちらかになる。姫路までは新快速で京都からだと約1時間半で到着。その先のルートは2つあって、山陽線経由と赤穂線経由。姫路から播州赤穂行きに乗り相生まで行くのは同じだが、相生で岡山行きに乗り換えると山陽線経由、乗り換えずに播州赤穂まで行き、そこで岡山行きに乗れば赤穂線経由である。姫路岡山間のおよその所要時間は山陽線経由だと1時間20分、赤穂線経由だと2時間で、大半の乗客は短いほうを選ぶ。ただし時節によっては座れないことも覚悟しなければならず、相生乗り換え時の駆けっこは恒例となっている。それに比べて赤穂線のほうはのんびりしたもので私はだいたいこちらを取る。今回はまず日生に立ち寄るのが所期の目的であるからもちろん赤穂線
 正午近くに日生到着。ごくごく小さな湾と岬(湾とか岬とか呼んでいいものか疑問)を海沿いに30分ほど散歩。「五味の市」という海産物と野菜の並ぶ観光施設に入ってみる。カキフライは大きくて旨そうで安い。自宅の近所でこんなカキフライを売っていれば3日に一度は買うだろう。旨そうでないのはカキフライソフトなるもの。カキフライとソフトクリームなんてどう考えてもミスマッチ。誰が食べるのだろう。カキフライが好きでソフトクリームが好きな人に違いなかろうが、そんな人でもこの二つを同時に食べておいしいと思うとはどうもイメージが湧かない。カキのバーベキューもやっていて、いい匂いがしているが、私の食べたいのはいろんなカキ料理なので、そこはパス。少し戻り、心づもりしていた店「秀吉」に入る。この店は食べログなどの評価はけっして高くないのだが私は気に入っている。「牡蠣づくし」を注文。酢がき、天ぷら、焼きがき、土手鍋、にぎり寿司と、カキのオンパレード。すまし汁と茶碗蒸しにもカキが入っている。さすがにデザートには入っていないが。1時間余りの滞在で日本酒も堪能したし、今シーズンのカキの食べ納めとして完璧。また来冬もたらふくカキを食べよう、生きていたらね!
 お腹いっぱいでほろ酔い加減の身を遠くまで移動させるのは、たとえ電車で運ばれて行くだけとはいえしんどいというわけで、宿泊地に選んだのは岡山。日生岡山間は1時間5分。岡山は、倉敷、竹原、尾道、高松、琴平などに行く途中の中継地点としてこれまでよく乗り降りして待ち時間を食事に充てたりしたし、2年前には四国からの帰りに後楽園に立ち寄ったりもした。ところが意外にも一晩泊まってゆっくりしたことがない。もっぱら乗換駅としてのみ利用していたことになる。しかし実は40数年昔に初めて教職に就いたのが当地の岡山商科大学で、ここは3年間務め、3年間暮らした町なのである。住んだのは岡山駅のほど近くにあった賃貸マンション。1階が銭湯になっていた。ギターを習い始めたのも岡山。お酒を覚えたのも岡山。初めてのボーナスをはたいて買ったステレオスピーカーは今なお現役である。
 そのなつかしい町を今回はゆっくりぶらついてみた。まず商科大学までバスで行ってみる。大きく変わっていた。立派な校舎や研究棟が立ち並び、昔の面影は皆無。近隣もすっかり様変わりしている。よく行った食堂もない。次に町中に戻ってくる。住んでいたマンション。見つからない。銭湯もない。それらしい建物はあるが確信が持てない。隣にあったはずの小さなパン屋もない。では、角を曲がったところの洋食屋はどうだ。あった!奇跡的。他に見覚えのある店はあるだろうかと注意しながらそこらじゅうを歩いてみる。道筋そのものに変化はなさそうであるが、記憶にマッチングする光景はなかなか見つからない。昔はなかった高層マンションがそびえていたりする。西川緑道公園はあまり変わっていないような気がする。駅前から東へ伸びる、路面電車の走っている大通りは桃太郎大通りと名付けられているが、以前からこんな名称であったかどうか判然としない。この大通りの一筋北側に並行して走る通りは小さな衣料雑貨店などが雑然と並んでいたと記憶するが、今は食べ物屋が中心の繁華街になっている。反対側の一筋南側に並行して走る通りはめぼしい店などなかったはずだが、今はこれまた飲食店が目白押し。中心になる駅の近辺が大きく変貌するのは全国の多くの都市の共通点なのだろうか。
 翌日はよく晴れてうららかな陽気。海を見たいが、どこがいいか。尾道は海と坂道が寄り添うようにしてあり、私の好きな町だが、ここ暫くご無沙汰している。最後に訪れたのは確か5年前の春で、桜の満開の下を千光寺から西國寺まで散策した。岡山尾道間は約1時間半。そうなると、尾道から比叡山坂本までの帰路に要する時間は待ち時間も含めて6時間くらいは必要になり、神戸大阪あたりでラッシュアワーに重なるのは明らか。これは避けたい。それで今回は尾道は諦め、児島に出かけた。こちらなら岡山から30分。児島といえばジーンズで有名な町。しかし私にとってはボートレース場があるので親しみ深い町。全国にボートレース場は24カ所あるが、私が好きなのは湖か海辺にあって眺望が広がり、昼間にレースをする所。すなわち、びわこ、浜名湖、宮島、そして児島。他にも海辺のレース場はあるが、ナイター専門の所や見晴らしの良くない所は興味がない。要するに、昼間は広々した景色を背景に気に入ったレースに賭け、夜はゆっくり魚と酒を味わうのが眼目なのである。
 せっかくだから児島ではジーンズ・ストリートと名付けられた一角を訪れて、そのあとでボートレース場に向かうことにした。で、このストリート、どうだったかといえば、寂しかった。活気が感じられない。これでいいの? もっとも、私が行ったのは朝の9時過ぎという早い時間帯であったし、コロナ禍の現在でもあり、また、ジーンズに関心もない私が通りがかりに眺めただけの印象なので、活気不足という印象は間違っているのかもしれないし、たまたまの一過性のものであるのかもしれない。是非そうであってほしいと思う。
 ボートレース場では女子選手のみによるヴィーナスシリーズを開催中であった。1Rも2Rも3Rも賭け心をそそられるようなレースではなく、眺めているだけ。レースの合間にはスタート練習やら調整確認やら足合わせをしているボートがたくさんあって、見るともなく見ていると、守屋、大山、平高、田口といったビッグネームもあるが、盛んに試運転しているのが金子とか冨名腰といった若いB級の選手たち。これはきっと調整なんかではなく、基本的な練習そのものなのだろう。何しろ彼女たちは早くA級に上がることを目指しているはずだし、そのためには練習を積むしかなかろう。といったことを考えるともなく考えながら海を眺め2時間ほど過ごし、お昼頃にボート場を出、児島駅へと向かった。来る時はバスですぐだったが、これが徒歩だと意外と遠く、思っていたより時間がかかりそう。1本逃せば次の電車まで30分待たなければならない。小走り加減の急ぎ足でなんとか3分前に到着。あとは岡山で遅めの昼ご飯を取り、今度は山陽線回りの相生経由で姫路まで。そこからは新快速長浜行きで山科まで乗り換えなしの一目散。山科で湖西線に乗り換えて比叡山坂本へ夕方5時頃帰着。