お伊勢さんと伊勢うどん

 伊勢に行ってきた。伊勢に行くといえば伊勢神宮にお参りすることとイコールであると考えるのが普通であって、「お伊勢さんに行く」という言い方をすれば、それは伊勢神宮参拝を意味する。今回、私も伊勢神宮にお参りすることはお参りした。しかし、第1の目的はそちらでなくて、伊勢うどん。ん、伊勢うどんてどんなうどん? 私も知らなかったが、とても柔らかくてフニャフニャのうどん。あの讃岐うどんと正反対。太さは讃岐うどんなみとか。家内が一度食べてみたいと言い出して私もそれに乗り、陽気にも誘われ、出かけた。
 京都から琵琶湖線草津まで、次に草津線で柘植まで、そこから関西本線で亀山まで、さらに紀勢本線で途中、津で快速に乗り換えて、伊勢市まで行く(多気から伊勢市までは参宮線に入るが乗り換えの必要はない)。そしてバスで内宮へ向かうという道筋。乗り換え時間を含めて片道約4時間。京都から伊勢志摩方面へは近鉄を使うのが通常の行き方で、それも特急でなら伊勢市まで2時間。わざわざJRで乗り換えを繰り返しつつ時間をかけて行くなんて酔狂かもしれない。今回は敢えてその酔狂を青春18切符を使ってやってみた。
 草津から津までの区間は新快速なども走っていなくて各駅停車のみ。それでも駅の数はあまり多くないので辛気臭いという感じはしない。昔、豊橋から飯田線で長野方面を目指したらどうなるのか興味をもち、時刻表を調べたら、駅の数は多いし電車の本数は少ないしで、およそ青春18切符各停の旅の対象ではないことが分かった。それに比べると、草津線関西本線紀勢本線の旅は、1時間に1本の割合で電車は走っているし、乗り換えの待ち時間が10分から30分程度で、乗り換えのために走る必要もなく、トイレ時間には十分というわけで、のんびり旅にはおあつらえ向きといってよいかもしれない。
 草津駅で柘植行き電車は通勤通学の乗客であふれるが、2つか3つ先の駅で大半が降車し、柘植まで乗る人は少ない。柘植から亀山への車内には、JR西日本亀山鉄道部一同という名の入った手作りの「入学おめでとう」というポスターがぶら下がっていたりしてローカル線の雰囲気をかもし出している。亀山といえばかつて、といってもそれほど昔ではないかつてだが、シャープの液晶テレビ生産拠点であって、ここの生産品は亀山モデルなどともてはやされたものだが、その後シャープが台湾企業の資本下に置かれたりして今はどうなっているのか。気になって帰宅後調べたら、今も工場はあってスマホ用の小型液晶を生産しているとか。経済のことはまったく分からないが、工場が閉鎖されていないのは多分良いことなのだろう。少なくとも亀山の町にとって。少し時間があったので駅を出て歩いてみたら、駅前は再開発中で、図書館とテナントと集合住宅の入ったビルを作るために地面を掘っているところであった。
 さて、お伊勢参りは今回が3回目。最初は小学校の修学旅行だから60年ほど昔のこと。大昔と言うべきかもしれず、記憶にあるのは五十鈴川の水をきれいだと思ったこと、二見浦に泊まり夫婦岩を見たということくらいである。2回目は8年前で、私の定年退職記念と銘打って酒飲み仲間4人で賢島に一泊した翌日にお参りした。その顔触れでの旅行はまず昼から飲み始め、夜は旅館で夕食から寝るまで飲み、翌日も昼から夜にかけて飲むという酒飲みお馬鹿旅行が恒例になっているのだが、このときもそれを順守し、内宮にお参りした後、おはらい町通りのどこかの店で楽しくやった。今回は時間にゆとりがなく、外宮には寄らず内宮のみであったが、それでも宇治橋から正宮まで行って戻って、おはらい町通りとおかげ横丁をぶらついていたら思いがけず時間が過ぎて、酔っぱらっている暇はなさそう。手近の店で伊勢うどんとてこね寿司のセットを注文。伊勢うどんの味や如何に? 確かに柔らかい。濃い色の醤油状のたれがかかっていて、それを絡めて食べる。まずくもないが、特別旨くもない。うん、こんなものだろう、という味。家内も同じような思いらしい。ともあれ、これで目的達成。
 バスで伊勢市駅まで戻ると電車が出るまでに20分ほど時間がある。赤福餅の2個入りを買ってその場で食べたが、驚いたことに、この駅のホームにあるすべてのベンチの背には赤福の文字。いや、駅だけではない。伊勢の町中至る所で赤福の文字を見かける。徹底している。かつての小学校での修学旅行では事前に土産物を注文することになっていて、注文用紙にあらかじめ印刷されたなかから選び出し、個数と金額を記入して担任の先生に提出したものである(多分お金もいっしょに)。土産物の定番は生姜板と赤福とお福であった。赤福とお福は同じようなあんころ餅でどう違うのか今も昔も私には判然としないが、ともに伊勢の名物で、注文用紙には必ず両方が候補として挙げてあり、同等の扱いであった。ところが現在では見かけるのは赤福ばかりで、伊勢だけでなく京都や大阪の駅の売店などではどこでも売っている。一方、お福は見かけない。どうなったのかと、これまた帰宅後に調べてみたら、健在であった。今も製造販売している。よかったね、お福さん。生姜板はどうかというと、おはらい町通りで1軒だけ売っている店があった。近くのプリン店には客が立ち寄っていたが、この生姜板屋さんは閑散としていた。生姜のしぼり汁と砂糖を混ぜて御札の形に固めた生姜板をおやつにする人は今や少ないか。
 2時過ぎの電車に乗り、6時過ぎに京都帰着。今年は桜の開花が早く、4月8日だというのに沿線はほぼ葉桜ばかり。息をのむような景色には出くわさなかった。それでも関西本線草津線鈴鹿山脈の南の端、少し高くなった土地を走っていて、亀山柘植間は山中を走っている趣がある。紅葉の頃には楽しめそうである。