医学検査の精度って?

 NHKオンデマンドで『ハードナッツ!』というドラマを見た。主人公難波くるみは数学専攻の大学生で、刑事の伴田とコンビを組み、難事件を数学的思考で解決するというコミック仕立ての作品で、なかなか楽しめる。そのなかで、サイドストーリーとして、伴田が健康診断の結果、有病率1万人に1人で治療法なしという難病の疑いありとされ、再検査を受けるよう指示されるというエピソードが出てくる。既に受けた検査の精度が99.9%なので再検査を受ける意味はない、自分はどうせ死ぬんだからと言うのをくるみが聞きとがめ、誤解を解いてやることになる。
 精度99.9%ということは1000人に1人、10000人に10人の割合で間違いが出る。つまり10000人に1人しか罹っていないはずの病気なのに10人が検査陽性となるわけで、真の患者は10人中1人、確率10分の1というのが正解(後で述べる計算方法による正確な数値は9.08%であり10%ではないが、誤差として無視してよいだろう)。そして、伴田の再検査も陰性と出て、めでたしめでたし。でも、精度99.9%の検査で黒と言われたら、もうあかんと思うのが一般人の心理ではなかろうか。私だってそう思い込む、少なくとも一瞬は。あながち伴田をデータ無知、数字音痴と馬鹿にすることはできない。そこで、いったい検査の精度って何なのかという疑問が湧いてきて、WEB上で、にわか勉強してみた。以下はその結果であるが、正しいかどうかは自信がない。
 まず出てきた用語が感度と特異度。検査対象全員が感染者である場合に陽性と正しく出る確率が感度。検査対象全員が非感染者である場合に陰性と正しく出る確率が特異度(この用語はspecificityの訳らしいけれど、もう少し分かり易い日本語がなかったのか)。両方とも高ければ高いほど精度が高いということになり、100%が理想だが、それはあり得ない。その理由は理論上も実践上もいろいろあるらしく、予防医学的には大事な問題であるみたいだが、素人が何かを言えるテーマではないので何も言わない。で、感度90%の検査ならば感染者100人中10人を見落とし、特異度90%の検査ならば非感染者100人中10人を感染者と判定してしまうことになる。では私が、感度90%の検査で陽性判定であった場合、実際に感染している確率はどれくらいなのか。90%か。違う。伴田刑事が感度(もしくは特異度)99.9%を自分が実際に感染している確率だと早とちりしたのもこの間違いであった。私の陽性が真であることの確率(陽性的中率)を求めるには、見込まれる有病率(事前確率と言うらしい)に応じて被検査者数を振り分ける手続きを経たうえで、感染者部分には感度を、非感染者部分には変異度をあてはめ、それぞれの陽性者数を出す必要がある。例えば10000人に100人の有病者数が見込まれる病気では次のようになる(検査人数10000人、感度と特異度は90%として計算)。       
感染者      100       非感染者 9900
その内検査陽性  90    その内検査陽性  990 →検査陽性の合計 1080
     検査陰性  10       検査陰性   8910
陽性的中率は90÷1080=0.083…となり、検査陽性の私がほんとうに病気である率は8.3%。数字を適当に変えると下のような数値が出てきて、有病率が低く検査特異度が低くなれば陽性的中率が下がるということが分かる。
感度 (%)    特異度(%)  有病率  陽性的中率(%)
90            90         1000/10000      50
90                 90          100/10000       8.33
(80                90          100/10000       7.48)
(90                99         100/10000       47.62)
(80                99         100/10000       44.69)
90                 90          10/10000      0.89
90            90          1/10000          0.09
 などと数字をいじくっていて気になりだしたのが新型コロナウイルスPCR検査の特異度。特異度次第では偽陽性の人が増えるというわけで、もしも特異度90%などということなら大変。非感染者10000人を検査して1000人が偽陽性! 本当の感染者の対応だけでも大変な医療現場が不必要な観察治療行為まで背負い込むことになってしまう。だとすれば、PCR検査徹底すべしと当ブログ上で述べた(2021.03.31)私は無責任なことを言ったことになってしまう。おおいに気になってWEB上であちこち調べまわった。結果はOK。PCR検査そのものの特異度は極めて高く、検体への異物混入などの人為ミスさえなければ、存在しないコロナウイルスを検出する可能性はほぼゼロ(回復者の検体からウイルスの残骸を検出する可能性はあるみたいだが)、つまり変異度は100%に近いと考えてよいようである。99%という数字もよく見かけたが、どうもこれは根拠薄弱。検査拡大によって偽陽性者が多数生まれ、医療を圧迫することはなさそうである。現実に起きている医療逼迫も人手不足が主たる原因で、偽陽性者の対応に追われてということではないようである。
 では、感度はどうか。これが意外と低くて、てんでバラバラなのにはびっくりするしかない。70%とか90%とか、あるいは30~70%というアバウトな数字もある。これらの数字は理論的洞察をすすめるプロセスで仮に設定したといった類のものもあり、断定的なものとして言われているのではないかもしれないが、とにかく皆さんいまひとつ確信はなさそう。よく見かける70%という数字は独り歩きしている感もあり、なんとなく危なそう。なかには、感度の低さを理由にPCR検査不要論を説く人もいたりして、議論は錯綜状態。まあ、それも仕方ないと言えば言えないこともない。なにせ新型コロナウイルスが出現したのが1年半前で、データの蓄積も豊富ではないだろう。検査の感度って、どんな方法で調べるのか(検査を検査する方法?)私には分からないが、PCR検査の結果をPCR検査の結果で検証するわけではなかろうし、切り口の異なるデータの集積が不可欠であろう。現時点では、それがないのかもしれない。でも、たとえ検査をすり抜ける感染者がかなりの程度予想されるにしても、PCR検査不要論は極論であって、感度云々の議論に振り回されることなく検査を拡充することが大事だと思う。検査をけちる正当な理由はない。