小浜で考えた北陸新幹線敦賀からの延伸問題

 10日ほど前、青春18切符を使って敦賀、小浜を歩いてきた。湖西線比叡山坂本から敦賀までの電車は予想していたのとは違ってかなりの混み具合。座席はほぼ詰まっている。大きめのキャリーバッグなど持った人もちらほらいて、日帰りではなさそうである。目的地は福井か金沢か、ひょっとして富山かも。特急サンダーバードでなく各停を利用するということは、青春18切符愛好者である可能性も高い。1年後に金沢から敦賀まで新幹線が延びたら敦賀金沢間の在来線も現在の金沢以東と同じように第3セクターの運営に移行し、JRの青春18切符は使えなくなる。北陸方面への貧乏ブラブラ旅行も今のうちということか。
 敦賀に到着すると3分後に発車する福井行の各停が同じホームの向かい側に停車しており、多くの人はそれに乗り換える。その車内は立っている人もたくさんいて、これも予想を超えた混み具合。私は反対方向の小浜線に乗るのだが、待ち時間が1時間半あるので改札を出て敦賀の町を散策。気比神宮までゆっくり歩いて20分少々。ここから西へさらに30分ほど歩けば気比の松原がある。昔、海水浴に来たことがあり、ちょっと懐かしい場所だが、そこまで足を延ばす時間的余裕はない。ユーターンして駅へ戻る。しばし待合室で時間つぶし。電光掲示板に北陸新幹線敦賀開通まであと380日の文字。完成まじかの新駅舎は巨大で、いかにも「新幹線が来るぞ!」とあたりを睥睨している感じ。
 敦賀から小浜までは各停で1時間少しの道のり。この区間は内陸部を走るので海も見えない。小浜から先が海岸沿いを行くのとは対照的である。小浜に着いて、駅前の観光案内所でもらった地図を片手に海のほうへ歩いてみる。商店街も人通りが少なく、活気があるとは見えない。杉田玄白記念公立小浜病院というのがあった。杉田玄白は小浜の出身だったのかと思って後で調べてみたら、生まれは江戸であるが少年時代の数年を小浜で過ごし、後年、医師として江戸において小浜藩に仕えたという。小浜と縁の深い人物であるには違いない。病院のすぐ北側には小浜市役所があって、「北陸新幹線小浜・京都ルート早期実現」の横断幕が掲げてあった。杉田玄白のほうはどうでもいいのだが、こちらのほうは気になる。町を歩いた印象と新幹線とが結びつかないのである。新幹線小浜駅から大勢の人々が吐き出されて小浜の町に散らばっていく様子がどうしても想像できない。私のイメージは、一日に申し訳程度に数本の列車が停車する立派な駅舎、閑散とした周辺の街並みといったものへと焦点を結ばざるを得ない。この町に新幹線を通してどうなるのか。小浜の人たちには申し訳ないことを言うようだが、新幹線が来たら町が活性化するというのは幻想ではないか。小さな食堂で食べた焼鯖定食はとてもおいしかった。町なかでは「鯖の町小浜」という文字を何度か見かけた。でも、観光客が東京から新幹線に乗って鯖を食べに小浜へやって来るとは考えられない。私はなにも茶化したり悪意をもってこんなことを言うのではない。東京よりも現実的であろう京阪神からの観光客のことを考えても楽観的にはなれないのではないか。
 北陸新幹線が2015年に金沢まで延びて以降、東京と金沢は新幹線網で結ばれ、観光客の増加で金沢はにぎわっているという。昨年12月中旬に氷見まで出かけた折に金沢駅で私もそのにぎわいを感じた。平日であったけれども土産物店や食堂は混雑していた。ところが氷見線乗り換えのため降りた高岡駅はそれほどでもない。大仏まで歩いたが、町の様子もかつて新幹線開通直前に訪れた時から変わったとは見えない。もっとも、新高岡駅は離れた所にあるので、そちらも見ないと確かなことは言えないし、観光面以外の要素も見ないといけないのではあるが、それでも新幹線開通によって金沢が受けているような恩恵を高岡が受けているとはどうしても考えられない。富山県が公表しているデータを見ても高岡への観光客入込数は新幹線開通後数パーセントの伸びにとどまっているし、たぶん高岡で一番の名勝地であるらしい古城公園の来場者数に焦点を絞っても年間80万から90万の間で推移していて、2015年以前と以後での数値の変化は見られない。
 高岡は人口16万5千人の中都市で、富山と金沢の中間に位置し、氷見線への乗換駅である。それなりの重みをもっているはずだが、それでも新幹線開通によって町が少なくとも観光面で大きくうるおった様子はない。人口2万8千人、敦賀舞鶴の中間に位置する小浜は基礎体力ではるかに劣る小都市である。条件はもっと厳しい。小浜から南下して京都大阪に至る新幹線が通ったなら関西から舞鶴方面へ行くために在来線に乗り換えるための駅とはなるだろう。でもそれだけ。新幹線で福井、金沢、富山へ向かう人が小浜でわざわざ途中下車するなんてことはあまりありそうもないし、小浜の住民が一日に何百人も新幹線を利用することもありえない。観光資源に恵まれているわけでもない小浜を大半の列車が通過することは目に見えている。一方で第三セクターに移管された敦賀小浜間は慢性的な赤字をかかえ込むことになるだろう。こんな見方は悲観的に過ぎるのか。地元の人たちはもっと明るい展望と希望をもっているのかもしれないが。
 それにしても、なぜ、どのようにして小浜・京都ルートに決まったのか。ネット上であちこち調べてみた。当初検討されていたのは小浜ルート(若狭ルートとも呼ばれ、京都市ではなく亀岡を通る)、湖西ルート(琵琶湖の西岸を湖西線と並行して走る)、米原ルート(敦賀から南進して米原東海道新幹線に接続)の3案であったが、途中で湖西ルートが消え、小浜ルートが小浜・京都ルートへマイナーチェンジされた。それに加えて小浜から西へ延ばして舞鶴経由で京都、大阪へ向かうという小浜・舞鶴・京都ルートが3つ目の案として出されたが、赤字必至ということでほとんど問題にされなかったようである。実質的には小浜・京都ルートか米原ルートかの二者択一になり、2016年12月に与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム(以下、与党PT)が小浜・京都ルート採用を決定した。ということなのだが、私は今まで与党のプロジェクトチームがルートの決定権限を持っているとは知らず、びっくりした。政府(国土交通省)ではなかったのだ。そして事実上はこのプロジェクトチームの下に置かれた北陸新幹線敦賀・大阪間整備検討委員会(以下、検討委員会)の報告をそのまま認める形で決定がなされているのである。
北陸新幹線 大阪延伸 敦賀-大阪間 敦賀以西をめぐる 4つの有力ルート - 鉄道アラカルト     

 おもしろいことに、関西政界は当初、米原ルートがよいとしていた。2013年に関西広域連合国土交通省事務次官にあてた要望書「北陸新幹線敦賀以西)ルートに関する提案」のなかでは〈関西広域連合では、北陸新幹線敦賀以西)ルートについて、「開業までの期間」や「費用対効果」、「開業による波及効果」などの調査検討を行い、これらを総合的に判断した結果、「『米原ルート案』が最も優位である」ととりまとめ、「平成26年度 国の予算編成等に対する提案(H25.6)」において、「米原ルートによる大阪までの整備方針の明確化」を提案しているところ〉と書かれていた。2016年に与党PTがこれを蹴って、小浜・京都ルートに優位性を認めたのはどういう根拠によるのか。
  検討委員会から与党PTへ出された中間報告(2016年12月14日)には検討委員会における議論の概要が記載されている。①小浜舞鶴京都ルートは省いて、残りの2ルートについての部分を以下に引用する。
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②小浜京都ルート
福井県及び富山県から「北陸から京都・大阪までの移動について、乗換えが無く、所要時間が最短で、運賃・料金も安い。また、リダンダンシーの確保にも資する。更に整備計画にも沿ったルートである。」旨、石川県からは「営業主体であるJR西日本が提案するルートであり、また北陸3県の足並みも揃う。速達性にも優れる。」旨の賛意が示された。
・営業主体であるJR西日本から「乗換えがなく、所要時間が最短で、運賃・料金も安く、総便益が最も高い。整備計画にも沿ったルートである。」旨賛意が示された。
・また、委員より、「北陸3県の主張のとおり、速達性、利便性に優れるルートである。」「米原ルートと比較して、建設費が大きく、想定工期も長い。」という議論もなされた。
米原ルート
滋賀県から、「工期が短く、建設費が低廉で、費用対効果に最も優れている。また、中京圏へのアクセスも便利である」旨の賛意が示された。
・北陸3県からは「北陸と中京圏のアクセスの確保は重要である」旨の意見が示された。
・また、委員より「北陸と中京圏のアクセスの確保は重要である」「工期が短く、建設費が安く、費用対効果に優れたルートである」「米原駅での乗換えは、北陸と京都・大阪間の利用者に不便をもたらす。また、中京圏へのアクセスについては、米原ルートでなくとも対応可能。」「乗入れの可能性についてはよく調査すべき。」との議論もなされた。
【私の注】
*「リダンダンシー(redundancy)」を英和辞典で調べると、「過剰、余分、余剰性」とある。ここでは、直接に計量できない輸送面以外の波及効果が期待できる、というくらいの意味で使われているのではないか。
*「整備計画にも沿ったルート」と言われているのは、「全国新幹線鉄道整備法」(1970年)にもとづき1973年に5つの新幹線が決定された際、北陸新幹線の経由地として小浜市付近が挙げられていることを指すのだろう。
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 上の引用箇所から読み取れるのは、富山、石川、福井の3県とJR西日本が小浜・京都ルートを推し、その理由として乗車時間が短い、運賃が安い、という点が挙げられているということである。リダンダンシーとか総便益とかが何を指しているかはここからだけでは分からない。米原ルートの利点としては工期が短く、建設費が安いという点が、欠点としては東海道新幹線との乗り換えに時間を要し不便であるという点が挙げられている。
 もう少し具体的なことが、国土交通省鉄道局が3つのルートについておこなった調査報告に示されている。これは与党PTと検討委員会が国土交通省に調査を求め、その結果を踏まえつつ最終的なルートを決定すべきであるとしていたものであり、2016年11月に与党PTに報告されている。以下の数値はその調査結果からのピックアップ。
    小浜・京都ルート 米原ルート
建設延長  140km     50km
概算建設費 2兆700億円  5900億円
想定工期  15年     10年
所要時間  43分     1時間7分
敦賀―大阪)
運賃(同上)5380円    6560円
総便益   8600億円   5300億円
総費用   8000億円   2400億円
総便益/総費用 1.1      2.2
 まず目を引くのは小浜・京都ルートの2兆700憶という巨額の建設費。そんな大金どこから引っ張り出してくるのか? 大丈夫か! そして1.1という費用対効果。これでは心もとない。総便益と総費用の算出方法を私は知らないが、どうしても疑心暗鬼になってしまう。なんとか赤字にならない数値を拵えたのではないか。恣意的な数値であると言うつもりはないが、この先1.1が1.0とか0.9になる危険はないのだろうか。米原ルートの2.2なら、どれほど見通しが甘くても1.0を切ることはないだろう。乗り換えが必要で所要時間がかかり、運賃が割高になるという点以外は米原ルートのほうが合理的なのではないか。まさか、与党PTが利用客の時間と財布のことを心配してくれて小浜・京都ルートに軍配を挙げたとは考えられない。小浜・京都ルートに決定された決定的な理由は依然として分からない。
 国土交通省鉄道局の報告には「費用対効果の計算において定量的に算入されない要素について」という項目があり、たぶんこれがリダンダンシー(あるいはその一部)なのだろう。そこには「地域活性化(地域開発効果)への貢献」として「小浜市付近が、関西中心部からの通勤圏内となり、地域開発効果が期待される」と記述されている。私は、まさか、と思う。小浜に住んで新幹線で大阪に通勤する?! あり得ない。誰が高い新幹線に乗って大阪まで通うのか。普通のサラリーマンには無理。高給取りの重役ならあり得るが、そういう人は小浜に安い土地を求める必要などなく大阪近郊の高級住宅地に住むだろう。小浜を関西の通勤圏にという発想は矛盾している。
 問題はひとり小浜の問題ではない。地方の中小都市はどこも、どうしたら人々が定住し、働く場所があり、生活や医療や文化の基盤の安定した魅力ある町を作れるかを模索し悩んでいる。たまたま新幹線が通り、駅ができることになれば千載一遇のチャンスと考えるのも当然である。でも、しかし、新幹線に過度の期待を寄せるのは危ないのではないか。新幹線が来たからといってどうなるものでもない。などと言えば、地元の方たちからは叱られるだろう。そんなことは百も承知だ、新幹線だけで町が元気になるなどと妄想していない、新幹線は一つの契機として活用するだけであり、町の多様な発展をめざして我々は頑張っているのだ、と。きっとそうだと私も思う。でも、しかし、いまだに新幹線幻想は完全に払しょくされることなく日本のあちこちをさまよっているのではないか。小浜の町を歩いてそう感じざるを得なかった。