秋の詩で秋を感じる

◇透明な秋がやって来た。昔の人は「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」と秋の到来をうたったが、現代の詩人たちはどんなふうに秋を形象化するのだろうか。まずは一枚の葉っぱの落下に、それから雲と石と菊に秋を感じてみよう。

   秋

        北川冬彦

壁に沿うて黄葉が一つひらひらと落ちたが――見ると白い螺旋がずうっとついてゐる。


   秋

       渕上毛銭

しやつくりのやうに
雲の美しさを知る
この頃である
   *
秋は
そこらへんの
石までが冴えて
石も秋になつてゐる
   *
やがて菊の花が
私を懐しい
お祖父さんにしてしまふ

◇しゃっくりは私たち誰もが経験したことがあり、どんなものかは分かっている。しかし、それほどしょっちゅう起こるものではない。たまに出会うだけだけれど、違和感は感じない。ああこんなものがあったんだと気づかされる。雲の美しさも似たようなもので、忘れていたのに、ある秋の日、なにげなく夕空を見上げてその美しさに気づくのである。第2節は芭蕉奥の細道』の「石山の石より白し秋の風」という句を連想させる(この句は石山寺ではなく那谷寺で詠んだもので、石山寺の石より秋風のほうが白いという意味とは少し違うらしいが)。第3節で詩人は、菊の花を丹精込めて育てていたおじいさんを思い出しつつ自分もやがておじいさんのようになるのだろうかという思いにとらわれているのか。。

◇次に八木重吉の短い詩2編によって秋の明るさを感じてみよう。

   秋のひかり

ひかりがこぼれてくる
秋のひかりは地におちてひろがる
このひかりのなかで遊ぼう


   素朴な琴

この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美しさに耐へかね
琴はしづかに鳴りいだすだらう

◇人間の心も秋の美しさに静かに鳴りだす。酷暑も去り、気候も穏やかになり、体が楽になり、気持ちも落ち着いて来ると、なにはともあれ秋の訪れを素直に喜びたいものである。千家元麿の次の詩はまさしくその喜びを実直に表現している。

   初秋の庭に

初秋の庭に
芙蓉が咲き
萩がこぼれ
時々風が来て
木立をゆする
百舌が来て歌ふ
友がたづねて来て
詩を見せたり、画を見せる
庭に面してゐると
自分の心も落着いて
いつも平和で楽しく
いつまでこの生活をしてゐても飽きさうもない

◇これ以上望むものはないという心境。しかし、秋の訪れを心静かに受け入れるだけではものたりず、秋の景色に叱咤激励され、精神の高揚を感じる人もいる。千家元麿と同じく白樺派に依った尾崎喜八の詩には千家にはみられない自己向上意識が強い。

   秋風

けさはやく井戸端で、
まつさをな空に、
秋風の高いひびきを私はきいた。
おお蔓草の葉のむれに日は落ちこぼれ、
藤むらさきの物のかげ
さはやかに地をぬらす初秋よ!
水晶に似てつめたく、すきとほり、かつ清らかなもの、
肉親とたましひとにひとみをあけて静かにそだつ初秋よ!
天空に風がふきならす狩猟の角笛をきき、
地に青苔の石をなでる黄金の縞もつ水を見る。
心は新らしい善を願ひ、
精神はかぎりない飛躍を欲し、
堅きがゆゑにくだかんとする気魄、
未来の一切を現在に集結してこれに突き進む!

◇私なんかは秋だからといってそこまで力まなくてもいいのにと思うのだが、個人的事情や資質の違いに加えて時代的な隔たりのなせるわざか。
◇しかし、すべての人が秋の訪れを喜ばしいものとして迎えるわけではない。無関心に秋を迎える心もあれば、哀切に涙する心もある。そんな詩を1編ずつ。

   十月のノクターン

        北園克衛

つひに意味なく秋でした
ペイヴメントにアパアトの窓に
プラタナスの葉は散るだらうか
タイプライタアのやうな音をたてて

口笛を吹かう
過ぎた日の美しい恋が貝殻なら
壊れた貝殻は何の風刺だらう
雲が飛ぶ
月がちぎれる
電車がヴァイオリンの真似をする

プラタナスの葉の落ちる音はタイプライターのようにカタカタと乾いた音しかたてない。美しい貝殻にたとえられるような恋の思い出がよみがえるわけでもなし、吹きすさぶ風に雲が飛び、月がちぎれ、電車が線路をきしませてとおり過ぎるだけ。口笛を吹いても多分かすれた音しか出ない。秋なんてこんなものさ、という冷めた気持ち。

   秋のピエロ

        堀口大学

泣笑ひしてわがピエロ
秋ぢや! 秋ぢや!と歌ふなり。

(オーの形の口をして
秋ぢや! 秋ぢや! と歌ふなり。

月の(やう)なる白粉(おしろい
顔が涙を流すなり。

見すぎ世すぎの是非もなく
おどけたけれどもわがピエロ、

秋はしみじみ身に滲みて
真実なみだを流すなり。

◇ピエロの仕事は人々を笑わせること。しかしたつきのためにおどけざるを得ないその裏には隠された涙がある。秋になるとその悲哀がことさら身にしみて、秋ぢあ秋ぢあとうたうピエロの白く塗りたくった顔にも涙が流れてしまう。ピエロは詩人の心でもあるだろう。Oの口の形で発音する秋とは英語のautumnかフランス語のautomneなのかな。

◇上の2編の詩は秋を喜ぶ感情からはほど遠い。それでも、どちらも秋を秋として受けけ入れ、様式を整えた詩としてうたい込んでいる。それに対して次の詩は秋の風景を拒絶する厳しさにおいて他に例をみない。人生に背を向けた心には秋もへったくれもない。

  秋冷

        尾形亀之助

 寝床は敷いたまゝ雨戸も一日中一枚しか開けずにゐるやうな日がまた何時いつからとなくつゞいて、紙屑やパンかけの散らばつた暗い部屋に、めつたなことに私は顔も洗はずにゐるのだつた。
 なんといふわけもなく痛くなつてくる頭や、鋏で髯を一本づゝつむことや、火鉢の中を二時間もかゝつて一つ一つごみを拾い取つてゐるときのみじめな気持に、夏の終りを降りつゞいた雨があがると庭も風もよそよそしい姿になつてゐた。私は、よく晴れて清水のたまりのやうに澄んだ空をかはやの窓に見て朝の小便をするのがつらくなつた。

◇なんという詩か。降り続いた雨がやみ、よく晴れて澄んだ空を見ながら思いっきり放尿したというのならある種のおもしろみがあって救いもあろうが、そうではなく、小便するのがつらくなるってどんな心か。この詩は、私たちが「引きこもり」などと簡単に呼んでいる生き方が実は深い虚無の世界に通じているらしいことをうかがわせる。この人は秋に限らず春夏秋冬すべての季節を拒絶するであろうから、この詩を秋の詩と呼ぶのはためらわれるのではあるが、こんな詩もあるということで取り上げてみた。

◇上昇があれば落下がある。秋は「実り、成熟、完成」の時であるとともに、それに続く「滅び、凋落、死」の時でもある。そのなかで人間は「悲哀、寂寥、孤独、不安」とともにあらねばならない。それを巧みにうたったのがライナー・マリーア・リルケ「秋の日」。

  秋の日

主よ 時です 夏はまことに偉大でした
あなたの影を日時計の上に置き
そして野に風を解き放ってください

残された果実たちにみのるように命じ
いっそう暖かな日をさらに二日与え
彼らを成熟へと駆りたて そして
最後の甘みでブドウをずっしりと満たしてください

今 家を持たぬ者はもはや家を建てることなく
今 孤独な者はずっと孤独にとどまるでしょう
眠らず 書を読み 長い手紙を書くでしょう
そして木の葉が舞い散る頃 並木道をあちこちと
不安げにさまよい歩くことでしょう

◇「主」といっても必ずしもキリスト教の神を思い浮かべる必要はない。私のように神を信じない人間にでもこの世界を創造した何者かを思い浮かべ、呼びかける気持ちは無縁ではない。とくに自然界が豊穣に満たされる秋はそういう汎神論的な気持ちに最も近い季節だろう。リルケには「秋」という詩もあって、それも有名だが、そちらは多分に形而上学的な趣が強く(「木の葉が落下する・・・我々はみんな落下する・・・それはすべての中にある・・・この落下を限りなくおだやかに手で受け止める誰かがいる」)、私はくっきりした形象に支えられたこちらの「秋の日」のほうが好きである。ドイツ語を習い始めた学生のころにまっさきに暗唱した詩。音楽に例えれば第1節第2節の長調から第3節の短調への移調がみごと。豊穣のなかでこそ孤独者はいっそう孤独である。この孤独者は他の季節ではなく、まさに秋の孤独者である。

リルケが日本の詩人たちに与えた影響の大きさは計り知れないが、直接にこの詩の影響を受けているのではないかという詩もある。「父よ、秋です、朝です、」で始まる尾崎喜八の「秋」は最も顕著な例だろうが、ここでは他の詩人の2作を挙げたい。

   あきかぜ

        城左門

 その頃、かれ・・は秋風のことを考へて居た。あの水のやうな十月に吹く風を・・・・・・。
 さうして、五月だつた、六月だつた。紫のいろの花が眼立つて咲いて、空気は濃く、綠は深く、かれ・・は我が命をこよなく愛した・・・・・・。

 かれ・・には故里と云ふものが無かつた。住んでゐるところが、常に、ついすみか だつた。かれ・・は剪り花を挿し、金魚を鉢に浮べ、繪を壁に止めて、行きずりの道草に、時を空費した・・・・・・。

 或晩、かれ・・夜半よはに起き出でると、奮い知己しりあひに手紙を書いて長い無沙汰を詫びた。己が小さい時からの希望を修正した。批評した。それから本をすこし讀んだ・・・・・・。 
 その頃、かれ・・は秋風のことを考えて居た。あの水のやうな十月に吹く風を・・・・・・。
 さうして夏が爛け、秋が訪れ、冬が巡り、一年はかくして去つた。かれ・・は落葉を焚く匂に、故里と云ふものに就いて空想した・・・・・・。

◇夜中に起きて手紙を書いて本を読むなんて「秋の日」の孤独な人のモチーフそのままである。それから「かれ」にはすべて傍点が振ってあるが、ひょっとしてこの「かれ」は特定の人物を指すのか。だとすればそれはリルケその人ではないか。この詩は定住の場所を持たずヨーロッパをさ迷い歩いたリルケのことをうたっていると考えてもこじつけではないだろう。(そんなことはもしかしてとうに作者本人が述べていて、私が知らないだけなのかもしれないが)。


  忘れてしまつて

        立原道造

深い秋が訪れた!(春を含んで)
湖は陽にかがやいて光つてゐる
鳥はひろいひろい空を飛びながら
色どりのきれいな山の腹を峡の方へ行く

葡萄も無花果も豊かに熟れた
もう穀物の収穫ははじまつてゐる
雲がひとつふたつながれて行くのは
草の上に眺めながら寝そべつてゐよう

私は ひとりに とりのこされた!
私の眼はもう凋落てうらくを見るにはあまりに明るい
しかしその眼は時の祝祭に耐へないちひささ!

このままで 暖かな冬がめぐらう
風が木の葉を撒き散らす日にも――私は信じる
静かな音楽にかなふ和やかだけで と

◇やはり秋の明るく成熟した自然のなかで孤独な者がいる。それはここでは端的に詩人自身である。彼の眼は凋落(世界の?)を見るほど暗くはないが、自然の祝祭をともにするほど大きくもない。最後の節は分かりにくいが、「風が木の葉を撒き散らす日にも静かな音楽にかなふ和やかだけで暖かな冬がめぐらう、と私は信じる」とつなげたらいいのか? いずれにせよリルケの孤独者ほど孤独ではなさそう。それに「(春を含んで)」は蛇足ではないか。出来のよくない作品を引っ張り出されて立原も迷惑だろうが、「秋の日」と関係がありそうだという私の独断であえて挙げてみた。

◇孤独な人間は眠れない夜に誰に手紙を書くのだろう。遠く離れた故郷の友人へか。出すあてのない手紙かもしれない。秋ははるかかなたへと思いを馳せる季節でもある。

   ふるさと

        山村暮鳥

淙淙(そうそう) として
天の川が流れてゐる
すつかり秋だ
とほく
とほく
豆粒のやうなふるさとだのう

◇「淙淙」は「さらさら」に同じ。遠く離れた故郷への思いが最後の1行に凝縮されている。天の川と同じように故郷も手の届かないところにあって遠く望み見るするしかないのか。
◇手の届かないといえば死者こそまさにそうである。手の届かないところに行ってしまった死者を追憶するには秋の日は最適かもしれない。

   秋の日

        村野四郎

私はきょう
死んだ彼と一緒に歩いた
木犀やコスモスの墻の向うに
青い空のある道を

私は花をとって彼の釦の穴にさしてやろうとした
すると彼は痩せた胸骨を硬くしてあらぬ方を見ていた

遠く流れていた雲
涯なく深い青空
彼の眼を捉えていたものは何であったろう
道には枯れた蔓草が乱れていた
鶏が慌てて遁げた
彼の冷たい影の中で虫がないていた

言おうとして言えなかった
私のたくさんの言葉
きこうとしてきけなかった
彼のたくさんの言葉
それから悲哀の中で騒いでいた
よわよわしい(ひわ)のこえ――

◇詩人は空想のなかで死者をよみがえらせ、秋の景色のなかを彼とともに歩く。彼が生きていたころもそうして一緒に歩いたのかもしれない。かつての現実と今日の空想とが混然一体となって詩人をとらえる。十分に言葉を交わすことができなかったのは今日の空想のなかだけでなく、昔の付き合いのなかででもそうであった。彼の視線は何を見ようとしていたのか。なぜもっとたくさんしゃべり、耳を傾け、心をかよわせなかったのか。懐かしさと悔恨。秋の景色のなかで鶸の声が悲哀を呼び覚ます。私のように年を取り、この世を去った友人知人も少なからぬ身にはしみじみと心に滲みる詩ですね。なお、3行目「墻」に「ほばしら」とルビを振っている詩集があるが、これは間違いだろう。「かき」が正しいと思う。

◇秋の滅びは感覚的に人間の心をとらえるだけではない。それ以前に自然界の出来事そのものなのである。

   月夜

        室生犀星

秋もふかくなると
虫もぼろぼろになり
ひげも長い脛もない
足の吸盤もすりきれてしまふ、
つばさはすぢばかりになり
ひろげたらすぼがらない、
すぼめることが出来ない、
それでもゆうべもをとついも
たそがれてくれば鳴かぬわけにゆかない、
半分ひろがつたつばさをかついで
どうやらかうやら鳴いてゐる
お腹の向う側からお日さまが見え、
月夜に月が見え
やつれた草むらの骨に風が鳴る。

◇鳴くのを止めたらもう虫ではなくなる。体がぼろぼろになっても鳴き続けなければならないのは虫の宿命か。最後の1行が暗示するように、もう死も間近である。この詩を人間の心象風景ととってもおかしくないが、そうせずに自然の描写ととることも可能だろう。いずれにしても深まる秋が滅亡と死を連れてくることに違いはない。
◇虫たちは鳴くだけだが、詩の世界には人間の言葉をしゃべる蛙がいて、私たちは彼らの気持ちを知ることができる。私たちと同じように彼らも虫の声に死を感じているのである。

   秋の夜の会話

        草野心平

さむいね。
ああさむいね。
虫がないてるね。
ああ虫がないてるね。
もうすぐ土の中だね。
土の中はいやだね。
痩せたね。
君もずいぶん痩せたね。
どこがこんなに切ないんだろうね。
腹だろうかね。
腹とったら死ぬだろうね。
死にたかあないね。
寒いね。
ああ虫がないてるね。

◇思わず耳を澄ませてしまう会話である。でもやっぱり私たち人間はできることなら光と成熟の秋を喜びたい。手放しにではなく、凋落や滅びの気配をも感じながらしんみりと。

   山実

        蔵原伸二郎

山の庭に桃が実っている
秋風に光り
秋の陽にかがやいている
ようやく充実してきた
山桃にとって
雲だけがその長い生涯の
希望であり 友であった
完成に近い いま
次第に深い孤独を感じ
はちきれる 生命が
やがて地に墜ちねばならない
運命をしりながら
最後の光を放っている

この
こおろぎのないている
秋風の中で
へこたれもせず
不平も言わず
ただ あるがままに
静かな 山の庭でかがやいている
 

 

   ある日ある時

        黒田三郎

秋の空が青く美しいという
ただそれだけで
何かしらいいことがありそうな気のする
そんなときはないか
空高く噴き上げては
むなしく地に落ちる噴水の水も
わびしく梢をはなれる一枚の落葉さえ
何かしら喜びに踊っているように見える
そんなときが

 

佐藤泰志『海炭市叙景』

佐藤泰志 に対する画像結果 

 この7月に函館に行った際の滞在最終日には函館市文学館を訪れた。この文学館の2階は石川啄木関係の展示、1階は函館ゆかりの作家たちの資料が展示されている。そこには亀井勝一郎久生十蘭辻仁成などと並んで佐藤泰志のコーナーがあった。展示されている書籍のなかに『佐藤泰志作品集』を見つけ、館の職員の方としばし立ち話。「これ持っているんですがまだ読んでいないんです。死んでからだいぶたって出たんですよね」と私。「そうです。佐藤の亡くなったのが1990年でこれの出版されたのが2007年です。でもこの本で佐藤泰志の復活があったんですよ。小さな出版社が出してくれたのです」「自殺した作家の作品はどうも読むのがためらわれるんですね。死のほうへ引っ張ていかれるような気がして。年取ってからゆっくり読もうと思っていながら、十分に年取った今もまだ読んでいないんです」「ぜひ読んでください。活字が小さいですけれど」などとやり取りをした。
 帰宅後ぼちぼち読み始める。佐藤は5回芥川賞の候補に選ばれながらついに受賞することはなかったが、その5作のうち2作『きみの鳥はうたえる』『黄金の服』および三島由紀夫賞の候補になってやはり落選した『そこのみにて光輝く』が『作品集』には収められている。私は『そこのみにて光輝く』は小説としての密度が高く、三島賞を取ってもおかしくないと思うのだが、選考をめぐっての裏事情(選考委員のいやらしい私的思惑!)もあったみたいで、佐藤は不運であったというべきか。あるいはこれが6回目の芥川賞候補になっていたら6回目の正直でついに受賞という可能性だって大きかったと思うが、この時点で芥川賞候補になる可能性そのものが佐藤自身の愚かな行動によって閉ざされてしまっていた。そのあたりのことは中澤雄大『狂伝 佐藤泰志 無垢と修羅』に詳しい。なおこの『狂伝』はなかなかの力作で、佐藤の小説に興味を持った人にはぜひ読んでほしい本である。(興味がなくても、小説を書くことに執着した人間の「狂伝」としてだけでも十分読みごたえがある)。
 『作品集』に収録されている作品のなかで私がいいと思ったのは『海炭市叙景』。これは作者の分身を主人公とすることの多い佐藤の作品のなかでは異色の作風というべきで、今回はこれについて書きたいと思う。様々な人間の生を切り取った18の短編から成るオムニバスであり、主人公は14歳の中学生から20代の女性、30代40代50代の男たち、70歳間近の老婆などである。「第一章 物語の始まった崖」として9編が、「第二章 物語は何も語らず」としてさらに9編がまとめられている。(以下、1-1~9、2-1~9と番号をふり、その後ろにタイトルを記す)。
 作品の舞台に設定された海炭市は地誌的には佐藤の故郷である函館がモデルである。長年の土砂の堆積によってできた砂嘴の上に旧市街が広がり、ここは両側を海に挟まれ扇状に末広がりになっている。街の西端には標高389メートルの山が海峡に突き出ており、街のどこからも見ることができる。夏には多くの観光客が街の夜景を見るためにこの山を訪れる。少し標高が高く設定されているがこの山が函館山であることは明らか(函館山は334メートル)。夏だけ開催される競馬場があり、街の中心部を路面電車が走っているなども函館そのまま。炭鉱で栄えたという設定だけが実際の函館とは異なっている。「元々、海と炭鉱しかない街だ。それに造船所と国鉄だった。そのどれもが、将来性を失っているのは子供でも知っていた」とある(1-1)。炭鉱は閉山に追い込まれ、造船業は不況のあおりを受け、賃金カットと合理化対ストライキの波に翻弄されている。今では周囲の町や村が合併されて市域は拡張され人口も増え、新市街には工業団地が建設され、産業道路がとおされ、新興住宅地も生まれたのだが、市の経済を立て直すまでには至っていない。1980年代のさまよえる地方都市。
(1-1)まだ若い廃墟
 いきなりの悲劇。そして18編のなかで最も心打つ物語。二人暮らしの兄(27歳)と妹(21歳)。母親は彼らが幼いころに家を出、鉱夫であった父親は兄が高校生のときに事故で亡くなり、兄は高校を中退して鉱夫になったが閉山で失業中。その兄が初日の出を見に行こうと言い出し、二人は6畳一間の部屋を探し回って2600円ほどをかき集め、除夜の鐘のあと、あの389メートルの山にロープウェイで登る。山頂でちょっと贅沢してビールで乾杯した二人の持ち金は下りのロープウェイ2人分に足りない。初日の出を見終わってから兄は1人分の切符を妹に渡し、自分は歩いて下山すると言う。妹は自分も歩いて一緒に下りると言うが、兄に説得されてひとりでロープウェイに乗る。「心配するな、一時間かそこらあれば、ふもとで会える」。下の駅で6時間待ったが兄は姿を見せなかった。
 この短編の魅力は何といっても妹と兄のやりとり。その趣を伝えるには全部を転記しなければならないのでここでは無理。是非一読を勧めたい。これから先、この出来事とこの山とは通奏低音となって第一章全体を支えることになる。
(1-2)青い空の下の海
 半分くらいは(1-1)の続きと考えてよい。海炭市の港を出た連絡船が海峡に差しかかり、あの山の裏側(街の反対側)を迂回しようとしている。甲板にひとりの青年が立って山のほうへ視線を向けている。彼は1年前からいっしょに暮らしている女性を結婚相手として両親に紹介するために正月に一時帰郷し、今東京へ戻るところである。まもなくあの山の崖で遺体回収作業が始まるだろう。彼と同い年の青年が元旦に妹とともに初日の出を見に山に登り、自分だけ徒歩で下山して雪のなかで遭難したと新聞は報じていた。崖の途中に引っかかっている遺体を上から引っ張り上げるのは困難で、「今朝の新聞には、ただ、海上保安部の巡視船が海で待機し、山側から警官たちが青年の死体を突き落とすことになった、とだけあった。二度死ぬようなものだ」。この「二度死ぬ」が心に刺さる。あの元炭鉱夫の青年は死を成就するために2度死ぬ必要があったのか。
 船上の青年は小説家志望である。恋人が甲板に上がって来て山を見つめている彼に話しかける。両親に気に入ってもらえ結婚も認めてもらえた。息子は頑固者だが望んだことはきっとやりとげる、苦労するだろうが助けてやってほしいと父親は彼女に言った。緊張しどおしだったので帰ったらコメディ映画を見たい。しかし彼は気のない返事をするだけ。「そろそろ、青年を海に突き落とす時刻だ」「新聞は、もしかすると青年は覚悟の道を選んだのであり、六時間待った妹もうすうすそれを知っていたのかもしれない、と匂わせていた。たとえ、と彼は思ったものだ。あの兄妹の今の生活やどうあがきようもない明日が、暗黙のうちにふたりを駆りたてるものがあったとしても、正月なのだ。机の抽出しを隅々まで整理する時のように、さっぱりとした気分になりたかったのかもしれない。雄弁なのはむしろ死者だ」。彼女といっしょに船室へ戻ろうとしたとき「彼は背後で水音を聞いた。振り返った。不思議そうな顔で彼女も振り返る。誰もいない。けれど彼は強く感じた。今だ。あの青年が海に落ちたのは今だ。空耳ではない」。この時、彼は自分も海に落とされたような気になったのかもしれないと、私はふと思った。
(1-3)この海岸に
 (1-2)と同じく故郷に戻ってきた男の話。ただしこちらは一時帰郷ではなく暮らすために。満夫30歳は母親が結核で入院したのを機に首都での生活を切り上げて妻と幼い娘を連れて故郷の海炭市へ戻ってきたところである。5年間務めた材木問屋の仕事に未練はなかった。しかし父親も母親も彼が帰郷することに反対であった。年寄夫婦で生きてゆける。息子がそばにいる必要はない。炭鉱はつぶれ造船所は首切りの山。ここで仕事を見つけるのは大変だ。この正月には炭鉱に勤めていた青年が山で奇妙な死に方をした。もう希望を持つことのできない街になったのかもしれない。
 2日間は父の家に泊まったが、親子の関係はなにかぎくしゃくしている。今日からは新しく借りたアパートでの暮らしが始まる。3日前に家財道具を詰めて送り出したコンテナが今日届くことになっている。まずは石油ストーブを取り出して妻と娘が凍えている部屋を暖めなくては。しかし約束の時間を過ぎてもコンテナは来ない。公衆電話から運送会社に電話する。トラックはすでに出ているのでそろそろ着く頃です。もう少しお待ちください。次いで燃料屋を営んでいる高校時代の同級生の店に電話する。プロパンガスを今日から使えるように連絡してくれと妻に言われたのである。ダイヤルを回しながら彼は新しい生活のことを思う。明日は母を見舞ってこの町に住むことを伝えよう。失業保険の書類を持って職安に行こう。中古車センターで安い車を探そう。妻と娘といっしょにプールで泳ごう。今日の夕方は市場へ行こうか。妻の言うように父と母がどう思おうが自分たちは自分たちの生活をすればよいのだ。自分たちの生活をするために帰ってきたのだ。「実際にはじめるしかないのだ。まず、コンテナとプロパンガスだ、と満夫は自分にいい聞かせた」。なるほど。道具がなければ生活は始まらないわけである。
(1-4)裂けた爪
 (1-3)で満夫が電話していた燃料店の店主晴夫がこの編の主人公。高卒後、父親の家業を受け継ぎ大きくするために懸命に働いてきた。今後は店舗も増やし、いずれは街一番の燃料店になるはずだ。両親のために郊外に家も建てた。とまあこれだけ見れば人生うまくいっていそう。しかしそううまくいかないのが人生。21歳で結婚し息子アキラも生まれたが、その息子が5歳のとき妻は男を作って家を出た。2年半前に今の妻勝子と再婚した。彼女は高校の同級生で初婚であった。彼が彼女に求めたのはアキラの母親であって、自分の妻ではなかった。高校の同級生でもう一人千恵子という女性がいて、彼女は既婚だが晴夫とはモーテルやホテルでひと晩過ごす仲であった。晴夫は火遊びと割り切っており、千恵子も同様らしい。そのうえ、勝子と千恵子は高校時代からの親友で、しかも、勝子は晴夫と千恵子とのかつてのそんな関係を承知の上で結婚に応じたというのである。こうなると話がどうもドロドロしてきて、無事に終わるとは思えない。
 異変はやはり勝子に起こる。被害者は小学4年生のアキラ。半年前から始まった虐待。息子といっしょに風呂に入って体じゅうのあざを見つけた晴夫は問いただし、素っ裸で風呂を飛び出し、勝子を鼻血が出るまで殴りつける。彼女は晴夫を睨みつけて言った。「あんたは知恵子と結婚すれば良かったのよ。・・・今だってどこかでこっそり千恵子と会っているのよ。それに・・・それに他のクラスメイトだって、皆なあたしを笑い者にしているわ。あんたたちはぐるになって、最初からあたしを裏切っていたのよ。・・・あんたはひどい人だわ。あたしに急に母親役を押しつけて。千恵子は美人で、いつだって男にちやほやされてきたわ。あたしは、ブリキ屋の娘で、こんな眼〔斜視のことを言っている〕をして、結婚だってあきらめていたのよ」。勝子ついに大噴火して、たまりにたまったマグマを吹き上げた。この怨念は尋常ではない。最初の2年間はよく耐え忍んだというべきか。今の若い女性ならなんでそこまでして結婚せんとあかんのとなるだろうが、半世紀前の日本社会における結婚圧力って(周囲からだけではなく自分の内部からも)まだまだきつかったのかもしれない。
 一度宣戦布告した勝子のアキラ虐待は止まらない。折檻は激しくなるばかりで、そのたびに晴夫は彼女を打擲するのだが(これも虐待だろう)、おさまることはない。そしてついに来るべき時がやって来る。その日はプロパンガスの配達中にガスボンベを左足の親指に落としてしまい爪が割れて血が流れる。それが予兆であったかもしれない。激痛をこらえながら晴夫が流した涙は足指の痛みのせいだけではなかった。帰宅して目の下にひどいあざを作って布団のなかでおびえている息子を見た彼は離婚を決意する。彼は自分のことは棚に上げて悪いのはもっぱら勝子であると思い込んでいる。「俺は女運が悪い」。
 晴夫の店に長く働いている女性の事務員がいて、彼女は常に店にいてみんなの様子を知っているので事態を正確に見ている。彼女から見れば晴夫は何も分かっていない。前の奥さんだって千恵子という女のせいでいたたまれなかったのだ。さんざん愚痴を聞かされた。今の奥さんはこの家に来てとても頑張った。しかしあの千恵子が若社長のいないときに電話をかけてきては、デパートの催しとか食事の誘いで奥さんを困らせていた。そしてある日アキラちゃんへの虐待が始まった。若社長は奥さんの心は石ころか闇みたいだと言うけれどそれはあの人自身のことではないかしら。
(1-5)一滴のあこがれ
 淳は14歳で中学2年生。1ヵ月少し前に80キロほど離れた小さな町から海炭市へ父母とともにやって来た。父親がやっていた塗装店が倒産して夜逃げ同然の引っ越しだった。もしも父さんの店がつぶれていなければこんなことにはならなかったにと母親はことあるごとに愚痴をこぼす。一家が住んでいる安アパートの隣りの住人がたてる夜の物音もそのひとつ。男女の営みをあんなに派手にやられたのでは中学2年生の淳にどんな悪影響を与えるやら。父親は気にしていないのか、あるいは打つ手がないのでほっておくしかないと考えているらしい。隣人の男が暴力団員であることがうってつけの理屈になる。「街を牛耳っている暴力団の組員の所に文句をいいに行けというのか」。母と父のそんなやり取りを隣室で聞いている淳はとても冷静で、中学2年とは思えない。おとなの性の世界に後ろめたい関心や過剰な興味を抱いたりせず、ありのままに危なげなく受け止め、理解している。ちょっとできすぎの感もあるが。隣の女の人があげる声はいやな声ではない。あけっぴろげで、自分たちの時間をめいっぱいの快楽で満たしたような充実した声だと淳は思っている。
 そんな淳の趣味は切手の収集。今日は学校をさぼってデパートの古切手売り場に出かける。この街に来てから初めて行く繁華街と初めて乗る路面電車。電車の進行方向にはたえず山が見える。その山の向こう側には海があり、夏には海水浴客でにぎわう。切り立った7メートルの岩があり、そこからダイビングするのが少年たちの勇気の証明になっている。学校で同級生から挑発されて淳は飛び込んでみせると答えた。ほんとうは自分にそんな勇気はない。しかし飛び込むのだ。夏が待ち遠しい。真っ逆さまにダイビングする自分を思うとうっとりする。アパートの隣の男女の営みに内心あこがれているように夏の危険なダイビングに挑戦する自分にもあこがれている。このふたつがどう結びつくのか分からないが「想像するだけで僕のペニスから何かがほとばしり出るような気がする」。ほとばしり出るのは生命力か。
 切手を買いに街に出かけた淳はあの山がずっと気になってしかたがない。ずっと見ていると山の輪郭がぼやけ始めて、最初はダイヤモンドダストかと思った。しかしよく見ると「山は一度吸い込んだ冬の陽を空に向かって発散しているのだ。輪郭は輝き、山は息づき、発光体になっている。生きているんだ、と僕は思った。あの山は、呼吸をし、生き、僕を見つめているんだと思った。すると胸がしめつけられそうになった」。山の粒子が発光体になって自分の体の中に入り込むような気がした彼は、それ以上この山に魅入られないように目をそらして映画館街に足を踏み入れる。そこではポルノややくざ物と並んで『ミツバチのささやき』が上映中であった。半年前に以前住んでいた町で見た映画。あの少女にここでまた会えるとは。淳は切手を買ったあとにはこの映画を見ようと決める。この『ミツバチのささやき』は1973年制作のスペイン映画で、5歳か6歳ぐらいの少女アナがフランケンシュタインの映画を見たあと、精霊の存在を信じ、死を身近に体験し、世界の神秘に触れる物語。主人公の少女アナの一途に世界を見つめる大きな瞳が心に残る。淳が彼女に再会できたことを喜ぶのも理解できる。それに、この映画にはアナが姉と父親といっしょにキノコ採りに出かけたときに遠くの山がもやに包まれて輝く場面が出てくる。淳が見た山のイメージはその場面の再現に他ならない。

ミツバチのささやき : 作品情報・キャスト・あらすじ - 映画.com
 デパートの古切手売り場では女店員二人が先日の山の遭難について立ち話をしている。自殺だったのか事故だったのか。彼女たちのひとりがあの妹の中学の同級生だったというだけの無責任なおしゃべりである。それを耳にした淳の記憶がよみがえる。あの遭難は彼がこの街に来て最初に印象に残った出来事だった。死者を包み込んだあの山はそれ以来淳にとって特別の存在になっていた(とまであからさまに書かれてはいないが、そういうことである)。今まで気づかなかったが、今日初めて山の姿をまじかに見て淳はそのことを理解した。
 今や淳は自分の胸の中に幾筋もの虹色の光が入り込んで走っているのを感じる。深夜の隣室から聞こえる喜びの声、発光体を発散する山、上目づかいに世界をひたむきに見つめる少女の瞳、高い崖から海めがけてダイビングする自分の姿。14歳の少年のあふれる生命力は死者さえも味方につけてしまう。山で死んだあの男の人も山の上から見守ってくれるだろう。「七メートルの岩に立った時、僕は、ひとりぼっちではない。山の頂上から見おろす眼と、岩の下から見あげる眼が、僕の内側で交差するんだ。それは僕だけの、海炭市でのはじめての夏だ。ひとしずくの僕。そうして、もうすこしたったら、大事な、かわいい女の人の身体を知る。それはとても素晴らしいことなのだ」。
(1-7)週末
 達一郎は路面電車の運転手。52歳。あと2年5ヶ月で定年を迎える(1980年代の定年は実際に55歳だった!)。これまでずっと無事故で電車を運転してきて、10年無事故の優良運転手に与えられる表彰も3回受けた。そんな彼にとって今日は特別の日である。1年前に結婚した娘敏子の出産予定日。特別の日といっても何か特別のことをするわけではない。今日も電車を運転している。ただいつも以上に慎重に運転することを心掛けながら。
 運転席にいる彼の目をとおして街や人々の様子が描写される。季節は3月末。老人たちはまだ冬の服装だが女たちは軽装だ。電車が繁華街の停留所に止まると無料パスを持った老人夫婦や子供づれの母親が降りてゆく。前方に見える389メートルの山はいくらか雪が残っているが、あと2週間もすれば消えてしまい、すぐに緑におおわれるだろう。赤信号で停車中の電車の前を男子高校生たちが飛び跳ねて運転席をのぞき込んだりしながらとおり過ぎてゆく。ここから電車の線路はまっすぐに山へ向かう線と右折してメインストリートから駅へ向かう線に分かれる。彼の電車は右折して駅へ向かい、駅前でさらに左右に分かれている線路を左に取り、銀座と呼ばれる古い商店街を抜け、海と山のあいだをぬって造船所のある終点まで行く。そこで5分間休憩し、同じ線路をこの繁華街まで戻り、さらに競馬場前をとおって車庫まで帰る。他の同僚と交代し、1時間ほど休んだら新しい運行表を受け取る。30年以上彼はこうして働いてきた。
 娘が大きくなってからは休みの日にもほとんど外出しない達一郎が知っているのは路面電車の走っている街並みだけといってよい。電車の窓から見える範囲ならどんな建物がなくなり、どんな店ができたかもたいてい知っている。繁華街は昔遊郭があった名残で大門と呼ばれている。その一角にできたテナントビルには楽器も置いてあるレコードショップが入っているが彼は入ったことはない。古くからのそば屋や和菓子屋は最近店構えを新しくした。老舗デパートに太刀打ちできない新しいデパートはバーゲンばかりやっている。冬のあいだ姿を見せなかった靴磨きが今日はバス通りの角にすわっている。最近ではメインストリートに車があふれ、パーキングビルが不足している。郊外の新市街地には駐車場も確保した首都のデパートやスーパーが進出しようとしているが、達一郎に関心はない。路面電車は新市街まで伸びることはなく、時代遅れなものとして旧市街を走り続けるだろう。
 娘が結婚したいと言ったとき妻は反対した。相手の洋二が元スラムの出身だからである。かつて海岸通りには小砂丘があり、そこには浮浪者や廃品回収の人々がバラックに住み、街の他の人々からあからさまに差別されていた。5年前にその砂丘は市によってコンクリートで固められ、バラックは取り壊され、牛乳会社や海産物問屋の倉庫が誘致された。スラム街は団地へと生まれ変わり、元の住民は優先的に新しい団地に入居できた。洋二はそこの住民で、元廃品回収をしていて今は寝たり起きたりの父親と暮らしている。中学を出てトビ職。敏子は女子商業高校を出ている。
 「ひとり娘に、みすみす苦労をさせるのですか」と妻は言った。彼は一日考えて翌日、娘に「好きにしていい」と答えた。なぜ彼は結婚に賛成したのか、言い換えればなぜ差別意識に打ち勝つことができたのか。その点が次のように説明されている。「・・・何故賛成したか薄々だが彼にはわかるのだ。われわれの誰が、それを彼以上に理解することができるだろうか。彼が、正しく保守的な人間だったからこそだということを。もし彼が幾らかでも進歩的な人間だとすれば、彼に一片でも中産階級だという意識があれば、今日のこの日はなかっただろう。・・・彼はこの街のどんな革新政党よりも先を歩んでいる。彼は三十四年間電車に乗り続け、十年ごとに表彰され、実はこの海炭市の新しい歴史を歩いているひとりなのだ」。
 この勢い込んで書かれた文章は少し焦点がずれているように私には思える。なるほど達一郎は自分を時代遅れの融通も利かない保守的な人間だと考えている。ただしそれは政治的にではなく、52歳まで旧市街を走る電車を運転し続けるという一つの生活を守ってきたからであり、街の新たな拡張や再開発に興味を持たず、また持つ必要のない人間として生きているからである。だから「進歩的」「中産階級」「革新政党」といった政治的ニュアンスの語彙がいきなり使われることに私は違和感を覚える。街の拡張や再開発を進めているのは進歩的な中産階級に支持された革新政党かもしれないにせよ、これらの概念を達一郎の「保守性」と無媒介に対比させるのはやはりおかしいのではないか。彼が「実はこの海炭市の新しい歴史を歩いているひとりなのだ」には同感だが。
(1-9)ここにある半島
 (1-1)は雪の元旦に始まり、第一章の進行とともに徐々に冬が去り春になりつつあったが、この(1-9)ではついに4月。場所は海炭市の最東端の丘の上にある墓地公園。海炭市の西の端から始まった第一章は旧市街地をとおり抜けて東の端まで達し、ここで終わる。死でもって始まり墓地において終わる。
 この墓地はよく整備されていてまさに公園と呼ぶのにふさわしい。丘の斜面にアスファルトの道が放射状に広がり、それと交差する道が30メートル間隔で輪を描いている。墓石はすべて長方形を横に寝かせた形で同じサイズ。墓は1から3600まで番号を振られ、ファイルとコンピューターで管理されている。この近代的で清潔な墓地は墓地管理マネージャーにいわせれば「海炭市の人々の心にひとつの輪郭を与える場所」なのである。ここからは市の街並みが一望でき、そのむこうには標高389メートルの山が海峡に突き出ているのが見える。その山が夏になると夜景を見るために多くの観光客がやって来るのとは対照的にこちらの墓地公園がにぎわうのは年に2回しかない。むこうの山から見た街の眺望は誰にでもなじみがあるが、こちら側からの眺めはほとんど誰も知らない。
 普段は閑散としているこの墓地の管理事務所には2人の職員しかいない。悦子23歳と管理マネージャー。それでも時間を持て余すくらい仕事は少ない。仕事は何かと聞かれると悦子は墓地を眺めて過ごすことと答えるくらいだが、あながち誇張ではない。今では先月買ったウォークマンで終日スティングとエアロスミスばかり聴いて退屈を追い払っている。彼女とマネージャーは土曜日の夜をモーテルで過ごす仲なのだが、27歳で妻子もある男とのこの情事は愛があるわけでも真剣味があるわけでもない。彼女は彼を読書家を気取るきざな男として軽んじてもいる。「人々の心にひとつの輪郭を与える場所」などという彼のお気に入りの文句もどうせどこかの本で見つけたフレーズの再利用に違いない。こんな男と土曜日の夜を過ごすのにも飽きた。終わりにしようと彼女は考える。土曜の夜をひと晩過ごすだけの男なんて掃いて捨てるほどいる。今度の相手は本を読んでるふりなんかしない男の子がいいな。
 幾何学的にデザインされた無機質な墓地で数字に還元された死者たちの眠る場所。死者たちに輪郭はあるのだろうか。この生なき墓地公園はあたかも23歳にしてすでに人生に倦怠を覚えている悦子の心を表象するかのようである。この丘から市街地を見おろす悦子は「街を正反対の方角から眺めるのは少し奇妙だ。裏返しにした感じだ。裏返しになっているのは自分かもしれない」と考える。「心に輪郭が必要になる。それなのに、あたしの心は、どんどん形を失くす。砂のように崩れる」。男を変えても彼女の心は変わりそうにない。

 第一章は旧市街を舞台にしていた。それが(1-9)において東端の新たに開発された地域にある墓地公園へと移動した。それを受けて第二章は旧市街を抜け出し、合併により新しく海炭市となった新市街が主な舞台である。この章からは4つの短編を取り上げる。
(2-1)まっとうな男
 寛二は職業訓練校に在籍する50代の男。この学校は本来は失業者の再教育機関なのだが生徒の大半は中学か高校を卒業したばかりで、彼らは専門学校にでも行くつもりでここに入ったのである。専門学校が2つしかない海炭市では職業訓練校が代役を務めるのもやむを得ない。彼が入っている遠隔地出身者用の寮も他の寮生は20歳未満の若者ばかりで、舎監でさえも寛二より14歳年下である。寛二は娯楽室で若者たちとテレビを見ることもない。歌謡番組やコント番組のどこがおもしろいのか。風呂に入ったあとは自室でビールを飲む。寮は禁酒なのだが舎監は目をつむっている。寛二はさらに、原則二人部屋を1人で使い、10時消灯にも縛られないという特権を行使している。それだけではない。寮生たちは彼には近づかないようにしている。食堂で先に並ばれたり、卓球をしていてスマッシュを打ち込まれたり、軽い冗談を飛ばされたりすると当たり散らすのである。寛二、おとなげないのではないか。
 彼は去年1年首都近郊の国際空港を作る工事場で働いていた。空港建設反対の農民やそれを支援する学生らが鉄パイプや火炎瓶で攻撃してくる。機動隊が催眠弾で追い払う。それの繰り返しで工事はなかなか進捗しない。1年で嫌気がさした。「国はだらしがない。ひとにぎりのあんなわけのわからない連中のために、満足に空港も作れずにいる。本当に、国は情けない。・・・あいつらは人殺しだ。この国にたてをつく、とんでもない大馬鹿者だ。思い出すと胸がむかつく」。来年の春には海峡のむこうの原発に出稼ぎに行くつもりである。
 と、ここまでが前提。話はここから急展開する。今日は金曜の夜。寛二はJRの駅で4つ先の人口1万の町に向かって車を走らせている。そこに自宅があり妻がいる。彼が楽しみにしているのは漁師をしているたったひとりの幼馴染との酒。明日は浴びるほど飲んではめをはずそう。11時過ぎの産業道路は車もまばらで、ビール3本を飲んだ身に春の夜風が心地よい。車は工業団地にさしかかる。工場の誘致がはかばかしくなく、荒地のようにしか見えない。たくさんの工場が誘致されたら自分には訓練学校も原発も必要なかったのにという思いが脳裏をよぎる。前を黒いスカイラインが走っている。50キロの制限速度を守ってのろのろと。追い越し禁止区間。こんな時間帯にがらすきの道路をどこの間抜けが制限速度で走ろうというのか。車体を近づけ中央に寄せてみても相手はこちらを追い越させるために歩道側へよけてくれる気配はない。人を小ばかにしていて楽しんでいるのか。自分は作りかけの空港の建設現場で命がけで働いてきたが、前を行くような車1台買うこともできない。故郷へ戻っても仕事はなく、やむなく職業訓練校に入った。週に1回ポンコツみたいな車で自宅へ帰り、幼友達と酒を飲むだけが気晴らしだ。「彼は自分の気持を踏みにじられたような気になった」。そして追い越した。そして捕まった。スカイラインは覆面パトカーだったのである。
 追い越し違反を誘発して摘発しようとするとしか思えないやり方を汚いと思いながら反抗的に2人の警官とやり取りする寛二は飲酒していることもばれてしまう。ここで彼は、自分の金で買ったビールだ、何が悪い、と抗弁する。彼はとぼけているわけではなく真面目である。「確かに酒を飲んで車を運転してはならないことぐらいは知っているつもりだが、しかし、自分の金で買ったビールの場合はべつなはずだ。それが世の中の筋というものだ」。なかなかの詭弁だが彼の自信は揺るがない。警官たちも何か異常だと考え始める。特に20代の若いほうの警官は寛二の頭がおかしいと考えていることを隠そうとしない。ついに寛二は腕力に訴える。「ただ働いてきた。それだけの人生だ。それをこの若僧は、全部駄目だというのだ」。喚き暴れる寛二は2人の警官に組み敷かれる。暴行、傷害、公務執行妨害という語が聞こえる。どこかで聞いたような気がする。「彼は力の続く限り暴れなければならないと思った。畑を掘り返した時の首都近くの空港建設予定地の百姓のようにだった。あの百姓たちは間違ってはいなかったのだ。そう思った。寛二は若いほうに唾を吐いた。しかし、ふたりの力は強かった。寛二は、吠えるように叫び声をあげた」。翌日、寛二が病院に収容されたと連絡を受けた職業訓練校での反応はやっぱりそうかというものであった。寛二の妻から話を聞いた幼馴染の漁師は、あいつは昔からああだったと2度つぶやいた。私は昔、学生時代に立看でよく見た「造反有理」を思い出した。
(2-3)ネコを抱いた婆さん
 トキはあと1ケ月で70歳になるお婆さん。(1-7)の達一郎が「正しく保守的な人間」であるならばこのトキもまさしく「正しく保守的な人間」と呼ぶににふさわしい。
 息子夫婦とその子供との4人暮らし。彼女の住んでいるかつての音江村は現在では海炭市に組み込まれ美原町という地名になっている。産業道路がとおり、それに沿ってマンション、プール、銀行、パチンコ屋、ファミリーレストラン、本屋、喫茶店などが立ち並ぶ。表通りから一歩入った住宅地には海炭市から人々がどっと移り住んできた。
 合併したときに市役所から立ち退いてくれるように言ってきた。合併や開発に反対するわけではないが、それに合わせて自分たちの生活を変える必要も認めなかった夫は応じなかった。近所の農家は土地を売り、商店を始めたり、幼稚園を経営したり、アパートを建てたりした。取り残されたトキの家は今では両側がアスファルトの道となり、庭が産業道路に1メートルほど出っ張っている。時々市役所からどうにかしたいと電話があるが、どうにもならないものはどうにもならない。そのままである。飼っている豚が臭いという苦情も届くが、息子は海炭市の人たちが住むずっと前から豚を飼っているのだとはねつけている。豚屋などと呼ばれているが、人々がそう呼ぶ限りトキは庭を引っ込めるつもりはない。
 音江村のころから埋め立て地の朝市へ野菜を売りに出かけていた夫は車の運転があやしくなり、付近の道路も交通量が増えたので9年前にやめ、そして5年前に亡くなった。
トキは今では畑仕事はしないが、それでも毎朝畑をひとめぐりしないと気がすまない。
畑は自宅から車で5分ほど奥に入った工業団地のなかにある。周囲は整地されており、この畑だけが取り残された格好である。毎朝息子に車で連れて行ってもらう。工場の誘致がはかばかしくなく空き地になっている周辺を見ると、こんな野原にしてどうするのかと思ったりもするが、格別関心があるわけでもない。関心があるのは畑の野菜と、豚、鶏、兎だけである。それに加えて彼女の分身みたいな一匹の老いた雌猫がいる。
 海炭市民であっても自分をそうだと思う気持ちはない。産業道路へ出っ張った庭の一角は彼女の意地のかけらかもしれない。だからといって意固地に新しい変化に背を向けて生きるつもりでもない。つかず離れず生きている。小学5年生の孫は将来、海炭市で農業以外の職に就くかもしれないし、首都の大学に行きそのままサラリーマンになるかもしれない。あくまでも本人次第だ。この家が息子の代で終わってもかまわない。変化するものは変化し残るものは残る。トキの普段着は野良着とモンペである。言葉遣いも昔から使ってきた男言葉である。「おれはこれでいいんだあ」。
(2‐5)昂った夜
 海炭市から首都に行くには海峡をフェリーで渡って鉄道に乗り換えるか飛行機しかない。飛行機に乗れば1時間15分で首都。首都と直結した空港は地方都市にいて首都に触れることのできる特別の場所である。
 信子はこの地方都市を脱出して首都に出ることを夢見ている18歳の娘。高校に行っていたが暴走族に入って警察に捕まり退学処分。小学校の教頭をしている堅物の父は世間体を気にするばかりで娘を理解できない。かといって娘を殴ることもできない。母は夫に従うだけしか能のない人間だ。信子は父母の住む教員住宅を出てひと間のアパートに住み、空港のレストランでウェイトレスとして働いている。
 ある日の夜。あと1時間余りで首都行きの最終便が出発するという時刻。ロビーで電話をかけている20代半ばの女が信子の注意を引く。よく動く口、テーラードカラーの白いブラウス、グレーのタイトスカート、青いマニュキュア。ここまでは信子の目に映った事実である。続いて彼女は「男たちの視線が集中するのを充分意識した表情」を読み取る。しかしこれは多分に彼女の主観。この女が男たちの視線を意識しているかどうかなんて他人には分からないのである。信子の主観的解釈は広がる。「相手は誰だろう。・・・たぶん男だろう。首都のだろうか。女が海炭市住いでないことは、全体の雰囲気から信子にはわかる。・・・でも出身はきっとこの街だ。首都行きの最終便を待ちながら、おそらくここに住んでいる男友達と話し込んでいるに違いない」。
 たまたま目に留まった女性をとおして彼女は数年後の自分を空想しているにすぎない。「あと数年で信子もああなる。私立のカソリックの女子高校を中退してこの一年、毎日、毎日、ロビーを眺めてきた。来年、遅くとも次の年には、必ずこの退屈な街とさよならして、首都へ行く。そしてあの女のようになる」。
 退屈な両親と街と仕事。今日は暴走族が冬眠から覚めて久しぶりに街に繰り出す日だ。信子も1歳年上の潤一のオートバイの後ろに乗って工業団地、産業道路路面電車の通り、JRの駅前ロータリー、繁華街、海岸通りを駆け抜けるだろう。パトカーに追いかけられるだろうがたいていはまいてしまうことができる。やじ馬たちは面白がってはやし立てるだろう。それを思うと朝からそわそわと落ち着かなかった。しかし潤一は今年いっぱいで暴走族をやめると言っている。信子も来年でやめるつもりである。何年も続けるほど価値のあるものでもない。潤一は勤めているビデオレンタル店で主任になるのを目指す。信子は街を出て首都へ行く。
 さて、この日の首都行き最終便を待つロビーには信子の注意を引く乗客がもう一組登場する。男の子2人を連れた30代後半らしき夫婦。夫婦は喪服を着、疲れ切った表情。そのうしろには普段着の老人夫婦がおろおろしてつき従っている。喪服の男と普段着の老人が言い争い、周囲の注目を集める。親子喧嘩らしい。「帰ったほうがいいぞ」「お前に怒鳴ったんじゃないんだ」「それじゃ、誰に怒鳴ったんだ。お袋にか。許さんぞ」。老婆は「あたしが悪いのだから、このまま飛行機に乗らないで、一度、家に帰って……」と訴えている。
 この夫婦を見る信子の目はさきほどの女性を見る眼とは違って空想にとらわれてはいない。「葬式の帰りだとしたら、いったい誰のだろう。両親はああして健在だ。喪服の男の兄弟か、親戚の誰かだろうか。どっちにしても、のっぴきならないことになっているのは確かだった。それに男の言葉には首都のアクセントがあった。喪服を着て、首都からやって来、老母の頼みも聞き入れずに、最終便で首都に戻るのだろうと、信子にはわかった」。結局、老母の願いは聞きいれられず、息子一家は実家に立ち寄らずに最終便に乗ることになるのだが、それでも老父と息子とは一応の和解を果たし、別れ際にはいたわりの言葉をかけあう。老夫婦が立ち去ったあと一家はレストランに入ってくる。「喪服の男は、まるで労働のように、ビールを口に運ぶ。奥さんはただテーブルに目を伏せている」。
 もめ事の一切を目撃していた職場の同僚たちは、みっともない親子喧嘩だとか、空港ではいろんな人間を見るもんだとか、葬儀では普段の人柄がそっくり出るのだといったありきたりの感想を口にする。信子はちょっと違う。現実を見たような気がする。自分も両親を乱暴にののしり、父を軽蔑し、母にうんざりし、勝ち誇ったような気持にもなった。「今の光景はあっけない幕切れになったけれど、どちらもせっぱつまっていた。抜きさしもならない場所。信子はそれを想像してみたが、見当もつかない」。自分のまだ知ることのない厳しい現実の世界があるのを彼女はあの親子から感じ取った。故郷の街を離れ首都に住む息子とこの街に残っている両親のあいだの確執。現実が彼女の夢をぐらつかせる。「この街を本当に出ていったらあたしはどうなるのだろう」「首都へ行く、ともう一度、思ってみる。でも、たったこの今、それは何年も、何十年も先のことのような気がしてならない」。
(2‐7)衛生的生活
 海炭市にはもちろんマヌケな人間もいる。この短編はそういうちょっとばかりマヌケで哀れな人間のお話。
 啓介は職業安定所に29年勤め、失業者の相手をしてきた。人を見る眼はあると自負している。仕事をあっせんして採用されるかどうかとか、採用されても長続きするかどうなどは少し話しただけでわかる。隣の席にいる同期の青木は課長で自分は課長補佐。出世とは無縁であったが自足している。
 今は土曜日の12時7分。あと20分少々で1週間の仕事も終わる。先ほどから歯が痛むので今治水(なつかしい! 昔、我が家にもあった)をぬったがまだおさまらない。表通りの職安前で止まった路面電車にはフランスの煙草、ゴロワーズのフィルター付き新製品のコマーシャルが描かれている。かつて見た映画のなかでロミー・シュナイダーが吸っていたやつ。午後は繁華街に出かけてあれを買おう。自分にふさわしい煙草のはずだ。小説も1冊買おう。ベストセラーなら何でもいい。バスで産業道路の北にある市営団地に帰り、5階にある眺めのいい3DKでゆっくり読書しよう。人は教養を身につけるべきだ。明日はモネ展に妻と出かける予定である。産業道路沿いに新しく出店することになった首都のデパートが市民会館で開催するこの街で初めての本格的な美術展だ。パリのオランジュリーにある睡蓮の絵が見られる。ポケットにゴロワーズをしのばせモネを観る。考えただけでうっとりする。
 一人娘は首都の短大に在学中である。啓介も妻も娘の希望を認めてやったのである。墓地公園近くにあるこの街唯一の私立大学なら仕送りをしなくてもいいだけ経済的に楽だが、5年ほど前にできたこの大学は三流以下だ。「首都の短大といえば、まあ、とりあえずは聞こえがいい。人生はそうあるべきだ。たとえそれがわずかばかりであっても、陽の照る場所に少しでも近くにいることが肝心だ」。地元のあの大学の4年生である青木の息子は信用金庫に内定が出たそうだ。アメフトばっかりやっている馬鹿息子などと言いながら青木はうれしそうである。それを聞かされている啓介は考える。同期の青木が上司であることは何でもない。妻も不平を言わない。人生にはそれより大事なものがたくさんある。こう考えるのが、自尊心が傷つけられそうになったときに啓介が自分を守るやり方である。自分は出世はしなかったが、ロミー・シュナイダーと同じゴロワーズを吸いベストセラーを読む人間なのだ。
 確かに出世より大事なものはいっぱいあるだろう。しかしそれがロミー・シュナイダーゴロワーズと、とにかくベストセラー、では笑うしかない。実際彼は職場で笑われている。「最近、何か本を読んだかい」と青木はさりげなく、しかし小馬鹿にしたような口調で尋ねる。「本田君の読書家は有名だ」(ここで初めて本田という名字が出てくるが、この名字はひょっとして皮肉か)。これからビアガーデンはどうかという誘いを啓介は今日の買い物を理由に断る。ついでに明日モネ展に行くことも得意げにしゃべってしまう。周囲の皆は心得たものである。青木は「いい趣味だね」と言い、部長はゴロワーズのことで「なるほど、本田君は新しいもの好きなんだね」と言う。その口調に含まれる皮肉を啓介は感じないわけではないが、それ以上深くは考えない。彼の思考ではこの世の中の人間は職安のカウンターのこちら側と向こう側とに分かれる。こちら側にいる限り自分は幸福だ。さらにこちら側には上司や同僚のようにモネのことさえ知らずに人生を終わる連中がいる。なんと貧しい人生か。
 最後にオチが用意されている。さっきまで青木が読んでいた新聞には美術展の記事が出ていた。それによるとモネの絵は本物ではなく、実物大のパネルだそうである。オランジュリーの壁画を日本までどうして運んでこれようか。青木は啓介に教えてやろうかとも思ったがやめておいた。明日行けばわかることだ。
 このオチはおもしろいがちょと無理があるように思える。展示品が本物でないことを啓介はなぜ知らないのか。これだとあまりにも啓介を馬鹿にしすぎで、嘘っぽくなってしまう。なぜそうなってしまったのかの状況説明を数行(詳しいのは蛇足だが)入れるとか、ちょっとしたヒントをどこかに仕掛けておくとかしたほうがよかったのではないか。その点をクリアすれば申し分のない短編になったのに。

 以上、すべてではないが『海炭市叙景』を紹介し、多少の感想を述べてみた。個々の短編とは別に作品全体を通読して気づくことがある。各短編の主人公ないし中心人物以外に全体を通しての主人公が存在するということ。それはほかでもない海炭市という街である。この街は性格の異なる旧市街と新市街とから成る。旧市街にはJRの駅と路面電車。かつての遊郭のあったあたりは今では繁華街となり、商店とデパートが立ち並び、少し裏に入れば映画館やパチンコ店、さらにキャバレーやポルノショップ、一番奥には夜には娼婦の徘徊する怪しげな一角へと連なっている。15~6年前には魚のいた川も今やどぶ川。埋立地には朝市。銀座と呼ばれる昔からの商店街。電車の車庫と競馬場。そして何よりも重要なのが街の西端で海へ突き出ている標高389メートルの山。新市街は旧市街の東から北へかけて広がる。炭鉱は廃坑になりボタ山が残っている。村は市へ併合され、農地はほとんどなくなった。工業団地が造成され、産業道路が通った。工業団地は工場の誘致もままならずいまだ荒れ地状態。産業道路沿いには広い駐車場を備えた最新の大規模な店舗や施設が立ち並ぶ。新しい住宅地には人々がどっと押し寄せてきたし、バスも走っている。職業訓練校と私立大学と分譲別荘地。そして東の端には公園として整備のゆきとどいた墓地ができて新しい死者たちを受け入れている。こういった新旧の街の各所が各短編の舞台や背景として至る所に顔を出す。海炭市は私たちにとって親しい街となる。1980年代の日本のあちこちにあったさまよえる中規模地方都市。
 佐藤はこの短編連作集をさらに書き続けてゆくつもりであったらしい。もし実現していたらと、私は想像する。季節は夏から秋へと移り、そして冬へと戻っていったことだろう。海炭市はずっと主人公であり続けただろう。西端にあるあの山はこの街に住む人々にとっていつも視界に入って来る大切な山であり続けただろう。そして・・・。それ以上の想像は詮無い事。山で命を失ったあの青年の妹が再登場して、そして・・・などと想像したいが、これもまた詮無い事ではある。
 なお、この作品は小学館文庫でも読むことができる。

函館4泊5日

 函館に行ってきた。競馬開催中の7月の函館には観光も兼ねてこれまでも何回か行ったことがある。最近は飛行機に乗ってまで遠出するのがおっくうで、足が遠のいていたのだが、数年ぶりに思い切って出かけた。たかが伊丹函館間のフライトではないかと思う一方でこれが最後かもしれないという気もする。年を取るというのはそんな感じである。金曜日に出かけ月曜日に帰るという3泊4日でいいのだが飛行機代の都合で4泊5日になった(7月11日ー15日)。月曜日の飛行機代が高くて、ホテル1泊を余分に出しても火曜日の便にしたほうが安くつくのである。さらには行きの金曜日の飛行機も伊丹から函館直行便は高く、青森行がずいぶん安い。というので、青森まで飛行機、そこからは鉄道で函館入りとなった。函館は元々人気観光地であり競馬開催がどれほど影響しているかわからないが、いずれにしても金曜日の函館着、月曜日の函館発の便が高額なのは確かである。なお夏休みになればどの曜日も高い。

青森空港到着
青森駅前には市役所駅前庁舎と図書館などの入った公共施設の建物があり、その地下1階は主として生鮮食料を扱う市場になっている。かつての駅前市場が移転したものらしいがちょっと面白い組み合わせ。青森市民は図書館で本を借りて、それから晩御飯のおかずをみつくろって家に帰るのかな。「ようこそ青森へ」などという旗があるところからすると観光客もターゲットなのだろう。店舗もたくさんあって、品ぞろえも充実していそう。私がのぞいたのは午後2時半頃で、お客さんの姿はあまりなかった。もう閉店なのかそれとも夕方までの一休みなのか。

青森駅からは新青森経由で木古内までは新幹線。

木古内からは道南いさりび鉄道で函館へ。

木古内を出るとまもなく函館山が見え始める。

 11日の函館の最高気温はなんと21.1℃(京都は36.3℃)。12日は22.6℃(京都35.4℃)。涼しいこと限りない。これだけでもはるばる来たかいがあったと思える。

函館競馬場。むこうに函館山☟12日(土)に一番盛り上がったレースはメインではなく新馬戦。白毛にまだら模様で人気のあったブチコの娘で白毛のマルガが1.1倍という単勝人気に応えて2歳コースレコードで勝利(かつてディープインパクトのデビュー戦も単勝1.1であったらしい)。ゴールと同時に場内は歓声と拍手。半姉(父は違う)のソダシは桜花賞などGⅠを3勝しており、この馬も期待大というところ。すでに桜花賞候補筆頭か?
 2日間競馬を堪能はしたが、しかし、歩き疲れてしんどかった。なぜか。本馬場ないしパドックの見える席、つまり座って競馬を楽しめる席はすべて有料で、しかもネットでしか買えない。ネットで買うためにはクレジットカード情報まで含めた会員登録が必要。最近では競馬場まで足を運ぶことはないので私はそんな必要はない。今回だけはしかし例外。今回のためだけにでも仕方ないか(座りたい!)と急遽会員登録をした。そのうえで、いざ函館競馬場の座席を調べると売り切れ。あほらしいやら。それにしてもJRAに限らず今や何でもかんでもチケットを手に入れるためにネット上の登録が条件になってしまっている。これって便利なのだろうか。主として売る側の便宜のためなのではなかろうかと私は事あるごとに腹を立てている。

☟14日(月)は趣を変えて(俗から聖へ?)トラピスト修道院へ。トラピスチヌ女子修道院のほうはこれまで3度訪れたことがあるが、こちらの男子修道院は今回が初めて。いさりび鉄道で函館から40分で渡島当別へ。渡島当別駅から海岸沿いに数分歩くと案内板が出ている。いさりび鉄道の踏切を横断して坂道を上がって行く。☟「熊に注意」の警告もとおり一遍のものと軽くとらないほうがよい。前日にはここから50キロほど西の海沿いにある福島町の住宅街で熊による死亡事故が起きている。

☟「ローマへの道」と名付けられた並木道を修道院へ向かう。突き当りの坂道はちょっとだけきつい。これを登ったところに修道院の門。

☟中には入れないので塀越しに望み見る。ここに祈りと瞑想と労働の日々があるのか。

ルルドの洞窟までは徒歩で往復1時間かかるらしい。体力と電車の時間を考えたら無理。来た道を戻る。
☟来るときは気づかなかったが(振り向かないので)海の向こうに函館山が見える。

☟昼に函館に戻り、ホテルで昼寝したあと、もう一つの坂道登り。市電の谷地頭終点下車。海沿いの坂道を行くと啄木一族の墓。以前にも来たことがあり今回は2度目。

☟そこから300メートルほど足を延ばせば立待岬。左側には函館の市街が遠望できる。函館山展望台から見える有名な景色は港に面した西のほうの市街だが、立待岬からのは東側の市街。

 最終日はゆっくりチェックアウトして空港に直行することも考えたが、やはりせっかくだからという思いのほうが勝り、元町からベイエリアに立ち寄ってから帰ることにした。
☟旧北海道庁函館支庁庁舎☟旧函館区公会堂

☟八幡坂の一番上にあるロシア極東連邦総合大学函館校。2025年度からの学生募集を停止している。2024年度の入学者は3名で、とても経営が成り立つ状態ではないという。学校の説明ではロシアのウクライナ侵攻以来対ロシア感情が悪化し、折からの少子化も相まって閉校やむなしに至ったようである。なぜ私がこんなことに関心があるかといえば、10年以上昔、退職後にロシア語を勉強するのはどうかと考え、可能性のひとつとしてこの学校のことを少し調べてみたからである。当時から1学年10人程度しか学生がいなくて、学生としては少人数の授業が受けられていいだろうが、学校としてはこれで経営が成り立つのかしらと他人事ながら心配になった。学費だけでは絶対無理で、いろんな補助を受けながらやりくりして来たのだろう。ロシアのウクライナ侵攻がなくても閉校は時間の問題だったのではないか、などと感慨にとらわれた。

函館市文学館。1階は函館ゆかりの作家たち、2階は石川啄木の展示。啄木にいくらかでも興味のある人は見学する価値があると思う。それにしても啄木は4ヶ月しか函館にいなかったのにこれほど函館で大事にされているのは彼が函館で出会った人々の尽力か。

☟最後の写真は谷地頭温泉函館市電の東の終点は湯の川で、大きな旅館もたくさんある有名な温泉地。他方、西は線路が十字街で二股に分かれ一方は函館どっく前、他方は谷地頭が終点である。この谷地頭停留所から歩いて3、4分のところにあるのが谷地頭温泉。入浴料は460円だから公衆浴場と考えてよい。しかしお湯は茶色く濁っており、れっきとした温泉。浴室も脱衣場も広々として天井も高く、開放感がある。周囲は住宅地で温泉旅館など一軒もない。私は今回の滞在中2回ここのお風呂に入った。電車に乗っていく価値あり。

 というわけで4泊5日の函館滞在も終わり。久しぶりに北海道に上陸した台風も東部をさっさと通りぬけてくれ、函館伊丹の飛行も支障なし。15日午後無事帰着。ここまではいいのだが京都でリムジンバスを降りたときの暑さがすさまじい。皆さん平気な顔して歩いていらっしゃるのを見てびっくり。え、どうもないの。これって異常じゃありません?いやいや普通なんですよね。私もまた猛暑に耐えていこうか。

 

2022年バイロイト『ジークフリート』

2022年バイロイトの『ニーベルングの指輪』について紹介しつつ感想と疑問を書いて来たが、今回の『ジークフリート』でもってそれも終了。

第1幕
☟今日はジークフリートの誕生日なのか。森から帰宅したジークフリートは熊を生け捕りにして来てミーメにけしかける場面のはずだが、手にしているのは熊ではなくウオッカテキーラかジンの入っている(らしい)瓶。さかんに口にするところを見ると彼はアル中か。着ている薄汚れたコートは『ワルキューレ』でジークムントが最後に着ていたもの。またジークフリートカップ麺が好物らしく、いつも手にして箸で食べている。

☟ミーメから母親のことを聞き出すジークフリート。「森の中で苦しんでいる女を見つけて家に連れて帰り介抱してやった。その女は難産で、おまえを生んで死んだ」。☟「おまえに恐怖とはどんなものかを教えてやろう。急に体じゅうがゾクゾクッとしたり、心臓がドキドキしだすことはないか」と言ってミーメが取り出したのは女性のヌード写真。ジークフリートは性に目覚める年頃なのか。彼が恐怖を知るのはこの先でブリュンヒルデを見つけ、その鎧をはずしてその下に女性を認めるときであるから、ここでヌード写真と恐怖を結びつけるのはあながち的外れではなかろう。

第2幕
☟ファーフナーは巨大な竜ではなく、介護用の電動式ベッドに寝ている老人。森の小鳥が看護師。ベッドのそばに付き添っているのはかつてアルベリヒが誘拐した子供(ラインの黄金→指輪)がすでにおとなになった姿か。☟アルベリヒが見舞い(様子を探り)にやって来る。「ファーフナーのやつ、そろそろくたばる頃だが」。☟続いてヴォータンもやって来る。「わしは指輪を狙っているわけではないぞ、アルベリヒ。ファーフナーを起こしてやるから交渉してみたらどうだ」。☟「起きろ、ファーフナー。まもなく英雄がお前を殺しに来るぞ」。

ジークフリートとミーメの登場。汚い格好の二人が屋敷に入るのを召使が制止するのだが、ヴォータンがこの召使にお金を握らせて目をつぶらせる。ジークフリートは相変わらずカップ麺を手にしている。「こんな所でぼくは恐怖を知ることができるのかい」。☟母親への思慕の念はところどころで顔を出す。「お母さんはどんな人だったのだろう。女鹿よりきれいな目をしていたにちがいない。会いたかったなあ」。☟ファーフナーからハラスメントを受けた看護師(森の小鳥)を慰めるジークフリートカップ麺を差し出しながら「これを食べて元気を出せよ」とでも言っているらしい。☟ミーメの皮算用。「ジークフリートがファーフナーをやっつけ、そのジークフリートを俺が始末したら指輪も宝もすべて俺のものだわい」。☟起き上がったファーフナー。「水を飲もうとしてやってきたら食い物にもありつけるとは。さあ小僧、食ってやろう、かかって来い」。ジークフリートがファーフナーの歩行器を払いのけるとファーフナーは倒れて心臓発作を起こす。ノートゥングで心臓を一突きするまでもなかったわけである。ジークフリートにはっきりした殺意はなく、半分事故みたいなファーフナーの死。☟死にゆくファーフナーの警告。「いいか、若者よ、おまえをそそのかしてわしを殺させた者こそ腹黒い奴で、おまえの命を狙っているのだぞ」。

☟ファーフナー亡き後のニーベルングの宝をめぐって言い争うアルベリヒとミーメ。結局、すべてはジークフリートの手に収まることとなり、彼らの思惑は無駄だったのだが。☟ファーフナーの死後、そのコートのポケットから指輪を取り出す看護師(森の小鳥)。☟☟小鳥は指輪をジークフリートに渡し、さらにジークフリートはそれを指輪に渡す。指輪を指輪に渡す!!!

☟ファーフナーが死んで浮かれるミーメ。「ジークフリート、恐怖とは何か分かったかい。(あとはおまえをやっつけて指輪も宝も頂戴するだけさ)」。ジークフリートは浮かぬ顔。「あの竜を殺したかったわけではないのだ。恐怖なんかいまだに分からないし」。

ジークフリートがノートゥングでミーメを一突き。ジークフリートはファーフナーではなくミーメを殺すためにノートゥングを鍛えたのか。☟そのあとジークフリートはまだ死んでいないミーメの顔に枕を押し付ける。それでもまだ抵抗するミーメにとどめを刺すのは指輪! ミーメはあれほど欲しかった指輪に殺されてしまうわけである。

☟「ミーメは嫌な奴だったけれどぼくのたったひとりの知り合いだったのだ。あいつがいなくなってぼくは独りぼっちだ。どうしたらいいのか教えておくれ、小鳥よ」。

☟「炎に囲まれた岩山の上でブリュンヒルデという乙女が眠っていると小鳥が教えてくれた。彼女を花嫁にできるのは恐怖を知らない男だという。それってぼくのことじゃないか。さあ行くぞ」。ブリュンヒルデを求めてジークフリートが出立するのに同行しようとするときの指輪の服装に注目。野球帽を脱ぎ捨て、黒いベストをはおる。この時点で彼はもはや指輪ではないらしい。『神々の黄昏』に登場するハーゲンの格好である。『ラインの黄金』の指輪(男の子)⇒『神々の黄昏』のハーゲン(初老の男)という変身がここで起こるということか。☟『ラインの黄金』ではこうだった。                          
☟『神々の黄昏』ではこうなる(左端がハーゲン)。

☟森の小鳥のほうも謎めいている。最後の最後で彼女はエプロンとバンダナを脱ぎ捨てる。いったい何者だったのか。

第3幕
☟ヴォータンが未来について教えを乞うべく呼び出したエールダはここではなんと盲目で、しかもぼろをまとっている。何があったのかは分からないが、彼女が未来を予知する能力をなくしたことが可視化されている。☟エールダとともにいる少女は何者か? 『ラインの黄金』ではエールダがヴォータンに警告したのち1人の幼い少女を連れて立ち去る場面があったが、その少女なのか。

☟行く手を遮るヴォータンの槍(拳銃!)をジークフリートがノートゥングで真っ二つに折る。ここではノートゥングが本来の役割を果たす。

☟これが炎に囲まれた岩山の上で鎧に包まれて眠るブリュンヒルデ! 顔を覆うのは兜でなく白い布(包帯?)。妹たちがやっていたのと同じ美容整形(『ワルキューレ』)を彼女もやっているのか?ジークフリートが白い布を取り去ると女性が現れ、彼はおののく。

☟「頭がボーとして、何も分からなくなってしまった。目がグルグルまわる。誰か助けてほしい。かあさん、かあさん。これが恐怖というものなのか」。

ブリュンヒルデに夢中のジークフリートはいっしょに連れてきたハーゲンなど眼中にない。友情(愛情?)をないがしろにされたハーゲン。「おれのことなどどうでもいいのか、ジークフリート」。

ジークフリートの口づけによって目覚めたブリュンヒルデ。「私を目覚めさせた英雄は誰?」「ぼくは岩山を取り囲む炎を通りぬけてやって来、あなたの鎧兜を打ち壊したのです。あなたを目覚めさせたのはこのジークフリートです」。

ブリュンヒルデを引っ張りあうジークフリートとグラーネ。ジークフリートが英雄などでないことを知っているグラーネがブリュンヒルデを制止しているのか。

☟「ずっと昔、あなたの生まれる前から私はあなたをいつくしみ育てたのよ」「じゃあお母さんは生きていたのか」「いいえ、あなたのお母さんは戻って来ないわ。あなたが私を愛してくれたら私はあなたそのものなのです」。

☟さすらい人(ヴォータン)が置いていった帽子をジークフリートブリュンヒルデに渡す。「お父様の帽子だわ」。

☟その帽子をかぶったブリュンヒルデはグラーネとともに喝さいを叫ぶ。「ヤッター」。ここまでどこかためらいがちであったブリュンヒルデジークフリートに対する愛もこれ以後全面的に開放される。ヴォータンの権力は依然として健在なのか。

☟見えにくいが、じつは第2幕で死んだファーフナーとミーメの死体がなぜかこの第3幕のあいだじゅう舞台の後方に転がったままなのである。ブリュンヒルデはそのファーフナーのコートとマフラーを拾い上げて身にまとう。これが何を示唆するのか私には理解不可能。

ジークフリートブリュンヒルデが互いの愛情をうたい上げるのを傍らで見ているグラーネ。「ま、仕方ないか。こうなることになっていたのだろう」とでも考えているのか?


 これでヴァレンティン・シュヴァルツ演出による2022年バイロイトの『指輪』4作品の映像すべてに目を通したわけだが、この『ジークフリート』が一番分かりにくい。バイロイトの観客にとってもそうだったようで、ブーイングも4作のなかでも特に激しいようである。共感より反発を感じる人が多かったのはまちがいない。私も腑に落ちない点が多々あるが、とりわけ違和感を感じたのは指輪からハーゲンへと変身する登場人物。指輪に人間の姿を与えて前面に据え、これほど芝居をさせることの意図がつかめない。何も訴えない。目障りである。そんな作劇を誘い出す要素がワーグナーの台本に潜んでいるとは思えない。その点、指輪の登場しない『ワルキューレ』が一番分かりやすく違和感なしに見られる(ジークリンデのお腹の子が誰の子かという問題を除いて)。
 『指輪』の舞台を完全に現代に移し、家族の確執と没落に焦点を当てた演出はおおいにあり得ると思う。しかしシュヴァルツの演出がそれに成功しているとは考えられない。ワーグナーから隔たりすぎてしまった。私はワーグナー崇拝者でもなくワーグナーの台本を絶対視するつもりもないが、やはり繰り返すしかない。ワーグナーから隔たりすぎてしまった。

2022年バイロイト『ワルキューレ』

 前回の『ラインの黄金』に続いて今回取り上げるのはやはり同じ年のバイロイトワルキューレ』。

第1幕
☟戦いに疲れ果て、避難所を求めてフンディングの家に迷い込んだジークムントはジークリンデと出会う。ここで私たちはこの演出の最大の謎あるいは問題点というべきものに出くわす。この時点でジークリンデはすでに妊娠していて臨月状態! 誰の子なのか。常識的に考えればフンディングの子!! しかしこの常識は『ニーベルングの指輪』の常識に従えば非常識。生まれてくるジークフリートがフンディングの子供なんて考えられない。
☟帰宅したフンディングは闖入者と自分の妻とがよく似ていることを不審に思う。フンディングとジークムントは敵であると判明。明日、雌雄を決することとなる。
ジークリンデが盛った眠り薬でフンディングが寝ているあいだにジークリンデとジークムントは自分たちの素性を知り、愛し合う。冬が去り春がやって来たとうたわれる。春が2人の子供の姿で表わされている。

妹のところへ春がやって来た
愛が春を誘ったのです
私たちの胸深く愛がひそんでいたが
今では至福に満ちて光に笑いかけている
妹を花嫁として兄はめとり
かつて彼らを隔てていたものは砕け散り
若い二人は喜びの声を交わしあう
愛と春とがひとつになったのです

☟かつてさすらい人がトネリコの幹に刺し、誰もがそれを引き抜けなかった剣ノートゥングをジークムントが引き抜き、これが明日の戦いでフンディングを刺し貫くだろう。輝いている箱を開けると拳銃(ノートゥング)が出てくる!

第2幕
☟ヴォータンの屋敷ではお葬式が行われている。なんとまあ、フライアが死んだのだ。やはり『ラインの黄金』の最後で見せていたうつろな表情はただ事ではなかったということ。自ら命を絶ったのは間違いない。

☟棺のそばではヴォータンとブリュンヒルデがはしゃいで写真を撮っている。グラーネ(ブリュンヒルデの愛馬)も一緒になって自撮り。

☟夫ヴォータンをなじるフリッカ。「フンディングが訴えて来ましたのよ。神聖たるべき結婚が姦通によって汚されたと。しかも、双子の兄と妹が通じ合うなんて、そんなみだらなことは結婚を司る女神である私を冒涜することですわ。絶対に許せません」。☟「いいですか。ジークムントを助けてはなりませんよ。彼は倒れるべきです。彼があなたとは関係なく自由にふるまっているなどという詭弁はたくさんです。結局はあなたの意思にしたがっているにすぎません。これまでも彼を助けてこなかった、彼は自分の力で切り抜けてきたとおっしゃるなら今度もそうなさい。ノートゥングに魔法の力を与えてはだめよ」。☟「でもブリュンヒルデジークムントを助けるのはいいではないか」「何を言ってるのですか。彼女はあなたの命令に従っているだけでしょ。手助けはならんとあの子にもはっきりおっしゃい」。ヴォータン降参。☟この場面の最後にワーグナーの台本にはない無言の芝居が付け加えられている。フリッカが言っていることはしかし明瞭。「お父様の言いつけが分かりましたか。あなたはジークムントを助けて戦う必要がないのだからその勇敢な格好もいらないわ。このシックな服で彼に会いに行き、死者となった彼をヴァルハルへ案内なさい」。

☟フンディングのもとを逃れてきたジークリンデとジークムントであるが、ジークリンデは編針を取り出し、スカートをめくり・・・彼女は赤ん坊を堕ろすつもりか?ジークムントがそれを止める。

☟これも普通はない場面。ジークムントに死を告げに来たブリュンヒルデをヴォータンとフリッカが見張っている。ヴォータンはためらいがちに、フリッカは昂然と。「ちゃんとやるのですよ」といったところか。☟「あなたは死んで英雄たちのところに行くのよ」「父にも会えますか」「はい」。

☟「ジークリンデもいっしょに行けますか」「いいえ、愛の形見を身ごもっている彼女はこの世に残るの。私に預けなさい」「では私も行きません」「あなたは死ぬことになっているのだからそれは無理」「それなら私が死ぬ前に彼女を殺します。彼女は私以外のだれにも触れさせません」。

ジークムントの切々たる訴えに心動かされたブリュンヒルデは意を翻し、彼を救おうと決意する。「生きなさい、ジークムント。私もいっしょに戦いましょう」。

☟またもや台本にない場面。ジークムントがフンディングとの戦いに出かけ、ひとり残されたジークリンデが眠っているところへヴォータンがやって来て彼女のスカートの下に手を突っ込み下ばきをおろす。なんだこれは? お腹の子供がヴォータンの子で、彼は様子を見ているとも解釈できるのだが・・・ 分かりません。

☟さてジークムントとフンディングの戦い。ヴォータンによってノートゥングを折られたジークムントに勝ち目はない。ヴォータンの槍(拳銃!)であっけなく死んでしまう。

第3幕
スマホ片手に「ハイアハー、ホヨトーホ」と叫んでいるワルキューレたち。彼女たちは美容整形に余念がない!☟ヴォータンの命令に背き怒りを買ったブリュンヒルデジークリンデを連れて逃げてくる。そして赤ん坊も。もう生まれたの?! これも台本とは異なる事態。☟「ジークムントといっしょに死ねたらよかったのに。私を殺してください」「いいえ、あなたは生きるのよ。お腹の子供(!)のためにも生きなければならないわ」。☟逃走経路の相談。東の森では巨人ファーフナーが竜となってニーベルングの宝を守っている。ヴォータンはそちらを避けているから、そこなら逃げのびられるかも。

☟「見つけたぞ、ブリュンヒルデ。わしから逃げられるなどと思うな。よくぞわしの言いつけに背いたな。処罰を下す」。☟「お前は神でなくなり、普通の人間の男の妻となり、糸を紡ぎながらくだらない一生を送ることになるのだ」。☟「お父様がほんとうはやりたかったけれど神ゆえに許されなかった事を私がやったのですわ。私はあの若者のひたむきな愛と苦悩に心動かされました」。☟「喜んで罰は受けます。だけどつまらない男のものにだけはなりたくありません。私をわがものとするのは英雄でなければなりません」。「臆病者が近づけないようにお前の周囲に炎を燃やしてやろう。その炎を突破した勇者、神である私より自由で幸せな男がお前を獲得するのだ」。
☟「いとおしい娘よ、私の深く愛した娘よ。もう馬に乗ってお前とともに天空を駆けることもできないのだ。お前がわしの杯に酒を注いでくれることもない。永遠の別れだ」。

☟またもや台本にない無言劇。普通はここで眠りについたブリュンヒルデの周囲に炎が燃え上がる場面だが、そうはならない。フリッカが登場し、ヴォータンにワインを差し出す。彼女は次のように言っているはず。「あなた、万事順調にいきましたわね。乾杯しましょう」。乾杯を拒否するヴォータン。☟ヴォータンは自分の指から指輪(もちろんニーベルングの指輪ではなく結婚指輪。蛇足ながら念のため)をはずし、フリッカのワイングラスの中に落とす。

ヴォータンは帽子を手に取り、フリッカに軽く会釈(さよなら?)して立ち去る。幕











































2022年バイロイト『ラインの黄金』

 2年前に2022年バイロイト音楽祭の『神々の黄昏』について本ブログに書いたことがある。その時は『ニーベルングの指輪』のうちで『神々の黄昏』以外の映像を見ることができなかったので、他の3作については伝聞(ドイツの新聞記事など)によって推量するしかなかったが、その後ドイツグラモフォンの音楽配信サービス「ステージプラス」が日本でも始まり、そのなかで同年バイロイトの『ラインの黄金』『ワルキューレ』『ジークフリート』が配信されていて、これらを見ることができるようになった。ということを最近知り、この3作を見てみた。それでどうだったかというと、2年前の印象と感想を変更する必要はないというのが結論。演出や舞台装置がワーグナーの台本と音楽からずれ過ぎている。見ている途中も見終わってからも違和感が払しょくしきれない。たぶん多くの人も同感されるのではないか。どんな舞台であるかを以下で見てみたい。取り上げるのは『ラインの黄金』。

☟冒頭、前奏曲の鳴っているあいだ、スクリーンにへその緒で結ばれた胎児が映し出さ
れる。争っているらしい。これってヴォータンとアルベリヒ?

第1場
☟幕が開くとライン河ではなく幼稚園か保育園のプールで水遊びする子供たち。保育士がラインの娘たちということらしい。ビーチボールで遊ぶ6人の子供と水鉄砲を持った1人の男の子。この男の子がラインの黄金。この黄金から作った指輪は世界を支配する権力と富を持ち主に与えてくれる。しかし指輪を作れるのは愛を断念した者のみ。ラインの娘たちに散々こけにされ愛を断念したアルベリヒこそ適格者。というわけでアルベリヒは男の子を誘拐する。

第2場
☟ヴォータンは神々の長というより大金持に見える。テニスから帰ってきたらしいところを妻のフリッカにつかまる。巨人族にヴァルハルの城を建てさせ、その報酬にフライア(フリッカの妹)を与えると約束したことを非難される。「あなた、いったいどうするつもり」「ローゲの発案だよ。あいつがなんとかうまくやってくれるさ。俺がフライアを巨人どもにやるなどと本気で思っているのかい」。二人のあいだにある写真はこれから幾度となく登場する写真で、ジークムントとジークリンデ! 左の隅に馬の置物が見えるが、馬もぬいぐるみや模型の形をとって今後『神々の黄昏』に至るまで繰り返し現れる。

☟これが神々。左からフロー(豊穣の神)、フライア(美と愛の女神)、ドナー(雷の
神)、ローゲ(火の神)。立っているのは執事ないし召使。

☟巨人たちは豪華な大型車で乗りつける。大手ゼネコンの経営者といったところ。報酬として契約どおりフライアを渡すよう要求する。

☟ローゲは金持相手の経営コンサルタントといった感じ。スマホ片手にアルベリヒに関する調査結果を映像も交えて報告する。「巨人たちにフライアをあきらめさせる手立てはニーベルングの宝しかありませんよ。アルベリヒから奪っちゃいましょう。それをフライアの代わりに巨人たちに差し出すのです」。

巨人族のファーフナーとファーゾルトは、フライアよりもニーベルングの宝のほうが値打ちがあるかも知れないと相談する。

☟とりあえずファーゾルトはフライアを連れ去る。「今日中にニーベルングの宝を用意しておけばそれと引き換えにフライアを返してやる」。☟フライアの世話している黄金のリンゴは神々にとって不可欠の食べ物。これなしには彼らは若さを保つこともできず、衰弱するしかない。ニーベルングの宝を手に入れて、それと引き換えにフライアを取り戻す以外にヴォータンに残された道はない。「アルベリヒから宝と指輪を巻き上げに行くぞ。ローゲ、おまえが頼りだ」「おまかせあれ」。

第3場
☟地下のニーベルング族の国、ニーベルハイム。誘拐された男の子(指輪)と8人の女の子(宝?)。アルベリヒは弟ミーメに作らせた変装頭巾をわがものとする。

☟指輪も変装頭巾も手に入れたアルベリヒは怖いものなし。世界は俺のものだと、ヴォータンにむかって大見得を切る。

しかしローゲの策略にまんまとしてやられる。
☟大蛇(アルベリヒが男の子を肩車している!)に変身したアルベリヒを怖がるふりをするローゲ。

このあとローゲはアルベリヒをことば巧みにヒキガエルに変身させ、つかまえる。

第4場
☟アルベリヒはヴォータンの屋敷に拉致され☟宝を奪われ
☟指輪も奪われる。
☟すべてを奪われたアルベリヒは指輪の持主に不幸と破滅あれと呪う。

☟やがてやって来たファーフナーとファーゾルトはフライアと交換に宝を得、さらに指輪を要求する。☟ヴォータンは指輪には執着するが、エールダ(大地と知恵の女神)の警告に心動かされ巨人族に手渡す。

☟しかし指輪をめぐって巨人たちは争う。ファーフナーの右手にはメリケンサック。これでファーゾルトを殴り殺す。

☟家族のもとに戻ってきたフライアはちっともうれしそうでない。むしろ虚脱感にうちひしがれた様子。マスカラがはげたようなメイクは彼女がこの日一日泣き暮らしていたことを物語るのか?

☟晴れてヴァルハルの城はヴォータンのものになった。光っている真四角の物体が城?☟踊り浮かれるヴォータン。☟しかしフライアの鬱屈は晴れない。なにか危なそう。

 ただ一人冷静なのがローゲ。元々彼はヴォータン一族の一員ではなく、半分しか神でないという身分。おのれの危うい運命を見ようとしない神々の一族を冷ややかに見ている。「こんな連中との付き合いはほどほどにしたほうがよさそうだ」。

 踊り浮かれるヴォータンと思いつめた表情のフライア。幕が下りる。

穂高、諏訪湖、清里、河口湖、山中湖、2泊3日の旅行

久々の旅行。京都7時06分発ののぞみ、名古屋8時ちょうどのしなので松本へ。そこから大糸線穂高へ。駅前のレンタサイクルで自転車を借りて大王わさび農場へ。けっこう賑わっている。

ここに来た私の第一の目的はこの水車のある風景。黒澤明監督のオムニバス映画『夢』の最後に出て来る印象的な場面(文明から切り離された集落で行われるにぎやかで華やかな葬式の行列がとても美しい)のロケ場所。

売店ではわさび入りのソフトクリームが大人気。年を召した方々が1個全部を食べているのにはびっくり。私なんかには無理。それで家内のを少しお相伴しただけだが、なかなかおいしい。わさびとクリームがちゃんと調和している。

松本に戻り、諏訪湖へ向かう。下諏訪の諏訪大社下社秋宮。

旅館の部屋からの諏訪湖眺望。

上諏訪駅構内にある足湯。

2日目は小海線小淵沢清里間を往復。4年前の11月に小淵沢から小諸、上田へと向ったおり、沿線の紅葉が素晴らしかった(紅葉のトンネルを行く電車という感じ)のでもう一度見たいと思ったのだけれど、今回は時期が少し早すぎたのか、それとも今年は紅葉のはずれの年(夏の酷暑のせい?)なのか物足りなかった。清里駅前の店は多くがシャッターが下りていて、賑わいはなし。清里ピクニックバス(期間及び曜日限定)で清泉寮に行き、しばらく山並みを眺める。小淵沢からの電車では富士山の頭だけが見えたが、ここからはそれも見えなかった。帰りは徒歩で清里駅まで(約30分)。やはり紅葉は今ひとつの状態。

引退したジャージー種の乳牛。

小淵沢から石和温泉駅へ。駅前にはやはり足湯。

石和温泉から河口湖までバスで1時間。ホテルに着く頃から雨が降り出した。翌3日目は河口湖駅からバスで御殿場まで、そこから三島へ出て新幹線で帰路。富士急行河口湖駅は富士山観光の拠点らしい。バスがひっきりなしに出入りする。外国人観光客であふれていた。しかしこの日の観光客は雨にたたられアンラッキー。せっかくだから御殿場までのバスを山中湖で下り、遊覧船に。見えるのは湖畔の景色だけ。富士山はどこにあるのかな。

三島駅に着いてみると、山陽新幹線が大雨で大きく遅れ、その影響で東海道新幹線も遅れ、という状況。予定より1時間20分遅れで京都に帰り着いた。