医学検査の精度って?

 NHKオンデマンドで『ハードナッツ!』というドラマを見た。主人公難波くるみは数学専攻の大学生で、刑事の伴田とコンビを組み、難事件を数学的思考で解決するというコミック仕立ての作品で、なかなか楽しめる。そのなかで、サイドストーリーとして、伴田が健康診断の結果、有病率1万人に1人で治療法なしという難病の疑いありとされ、再検査を受けるよう指示されるというエピソードが出てくる。既に受けた検査の精度が99.9%なので再検査を受ける意味はない、自分はどうせ死ぬんだからと言うのをくるみが聞きとがめ、誤解を解いてやることになる。
 精度99.9%ということは1000人に1人、10000人に10人の割合で間違いが出る。つまり10000人に1人しか罹っていないはずの病気なのに10人が検査陽性となるわけで、真の患者は10人中1人、確率10分の1というのが正解(後で述べる計算方法による正確な数値は9.08%であり10%ではないが、誤差として無視してよいだろう)。そして、伴田の再検査も陰性と出て、めでたしめでたし。でも、精度99.9%の検査で黒と言われたら、もうあかんと思うのが一般人の心理ではなかろうか。私だってそう思い込む、少なくとも一瞬は。あながち伴田をデータ無知、数字音痴と馬鹿にすることはできない。そこで、いったい検査の精度って何なのかという疑問が湧いてきて、WEB上で、にわか勉強してみた。以下はその結果であるが、正しいかどうかは自信がない。
 まず出てきた用語が感度と特異度。検査対象全員が感染者である場合に陽性と正しく出る確率が感度。検査対象全員が非感染者である場合に陰性と正しく出る確率が特異度(この用語はspecificityの訳らしいけれど、もう少し分かり易い日本語がなかったのか)。両方とも高ければ高いほど精度が高いということになり、100%が理想だが、それはあり得ない。その理由は理論上も実践上もいろいろあるらしく、予防医学的には大事な問題であるみたいだが、素人が何かを言えるテーマではないので何も言わない。で、感度90%の検査ならば感染者100人中10人を見落とし、特異度90%の検査ならば非感染者100人中10人を感染者と判定してしまうことになる。では私が、感度90%の検査で陽性判定であった場合、実際に感染している確率はどれくらいなのか。90%か。違う。伴田刑事が感度(もしくは特異度)99.9%を自分が実際に感染している確率だと早とちりしたのもこの間違いであった。私の陽性が真であることの確率(陽性的中率)を求めるには、見込まれる有病率(事前確率と言うらしい)に応じて被検査者数を振り分ける手続きを経たうえで、感染者部分には感度を、非感染者部分には変異度をあてはめ、それぞれの陽性者数を出す必要がある。例えば10000人に100人の有病者数が見込まれる病気では次のようになる(検査人数10000人、感度と特異度は90%として計算)。       
感染者      100       非感染者 9900
その内検査陽性  90    その内検査陽性  990 →検査陽性の合計 1080
     検査陰性  10       検査陰性   8910
陽性的中率は90÷1080=0.083…となり、検査陽性の私がほんとうに病気である率は8.3%。数字を適当に変えると下のような数値が出てきて、有病率が低く検査特異度が低くなれば陽性的中率が下がるということが分かる。
感度 (%)     特異度(%) 有病率   陽性的中率(%)
90               90            1000/10000       50
90                    90                   100/10000         8.33
(80                   90                   100/10000         7.48)
(90                   99                   100/10000       47.62)
(80                   99                   100/10000       44.69)
90                    90                     10/10000    0.89
90            90              1/10000          0.09
 などと数字をいじくっていて気になりだしたのが新型コロナウイルスPCR検査の特異度。特異度次第では偽陽性の人が増えるというわけで、もしも特異度90%などということなら大変。非感染者10000人を検査して1000人が偽陽性! 本当の感染者の対応だけでも大変な医療現場が不必要な観察治療行為まで背負い込むことになってしまう。だとすれば、PCR検査徹底すべしと当ブログ上で述べた(2021.03.31)私は無責任なことを言ったことになってしまう。おおいに気になってWEB上であちこち調べまわった。結果はOK。PCR検査そのものの特異度は極めて高く、検体への異物混入などの人為ミスさえなければ、存在しないコロナウイルスを検出する可能性はほぼゼロ(回復者の検体からウイルスの残骸を検出する可能性はあるみたいだが)、つまり変異度は100%に近いと考えてよいようである。99%という数字もよく見かけたが、どうもこれは根拠薄弱。検査拡大によって偽陽性者が多数生まれ、医療を圧迫することはなさそうである。現実に起きている医療逼迫も人手不足が主たる原因で、偽陽性者の対応に追われてということではないようである。
 では、感度はどうか。これが意外と低くて、てんでバラバラなのにはびっくりするしかない。70%とか90%とか、あるいは30~70%というアバウトな数字もある。これらの数字は理論的洞察をすすめるプロセスで仮に設定したといった類のものもあり、断定的なものとして言われているのではないかもしれないが、とにかく皆さんいまひとつ確信はなさそう。よく見かける70%という数字は独り歩きしている感もあり、なんとなく危なそう。なかには、感度の低さを理由にPCR検査不要論を説く人もいたりして、議論は錯綜状態。まあ、それも仕方ないと言えば言えないこともない。なにせ新型コロナウイルスが出現したのが1年半前で、データの蓄積も豊富ではないだろう。検査の感度って、どんな方法で調べるのか(検査を検査する方法?)私には分からないが、PCR検査の結果をPCR検査の結果で検証するわけではなかろうし、切り口の異なるデータの集積が不可欠であろう。現時点では、それがないのかもしれない。でも、たとえ検査をすり抜ける感染者がかなりの程度予想されるにしても、PCR検査不要論は極論であって、感度云々の議論に振り回されることなく検査を拡充することが大事だと思う。検査をけちる正当な理由はない。

ステークホルダー and ファクト

 東京オリンピックパラリンピック組織委員会は競技会場における酒類提供のあり方について6月21日には検討中としていたのを、23日に急遽、中止にすると決定した。これは街なかの飲食店などでは一般に酒の提供自粛が厳しく要求されているなかで、オリンピックはやはり特別扱いじゃないかという批判が殺到したことを受けての決定であるとみられている。 
 この批判殺到に一役買ったのが丸川五輪担当大臣の6月22日の記者会見。競技会場での酒類の提供について訊かれ、「大会の性質上、ステークホルダーの存在がどうしてもある。組織委員会としては、そのことを念頭において検討されると思う。大声出さない、拍手だけで応援する観戦スタイルをしっかり貫かれるような形で、検討いただきたい」と答えた。これを受けて、SNS上ではステークホルダーって誰だ、ステークホルダーのために酒の販売を認めるのか、といった批判が飛び交い、会場や関連施設でのビール、ノンアルコールビール、焼酎、ワインの独占販売契約を結んでいる「アサヒビール」がツイッター上でトレンド入り。二階自民党幹事長までがアルコール禁止はしっかりしておくべきだとか言い出す始末。アサヒビールとしてはいっぺんに悪者にされて、どえらい迷惑だったろう。これがドラマであれば、社長が自分の部屋に掲げてある大臣のポスターをひきはがしてビリビリと引き裂き、土足で踏みにじるといったところか。
 ところで、この「ステークホルダー」という元英語、最近では日本語の中に入りつつあるが、それでも百人が百人とも理解できる単語ではなく、上の丸川発言を報じたメディアでも括弧して「利害関係者」とか「スポンサー企業」とか補っていることが多い。会見映像で確かめたところ、丸川氏自身はもちろんステークホルダーと言っただけで、利害関係者とかスポンサー企業などと翻訳しているわけではない。それは当たり前のことであって、故意にか無意識にかは分からないが、日本語で言った場合の露骨さをぼやかす為に使っているのだから。まさか、スポンサー企業の存在が、とは言えまい。
 政治家が外国語、たいていは英語(だけ)だが、日本語で言えないことはないのにわざわざ外国語を使うというのは、何かやましいことがあって、聞き手がはっきり理解してくれないほうが好都合である場合が多い。この点については、このブログ(2020.12.18)で「エビデンス」を例に挙げて書いたことがある。今回の「ステークホルダー」もまさしくその好例。
 ついでに東京オリンピック関連で最近気になった英単語使用例をもう1つ挙げると、小池東京都知事の使った「ファクト」。都知事は6月19日、東京オリンピックパラリンピック大会期間中に都内6カ所で実施予定だったパブリックビューイングをすべて中止する、と明らかにした。でもでも、と、ここで混ぜ返さないわけにはいかない。つい1週間前、11日には、パブリックビューイングについて、東京都内全ての開催を中止する方向で都が検討に入ったとの報道がされ、それに対し小池知事は「ファクトではない」と否定し、「発信された社、担当者宛てに、事実誤認であると抗議文を出させていただきました」とまで言っていたのである。「ファクトでない、抗議した」とおっしゃっていたのが1週間でコロッと変わった。
 「事実ではない」と言えばよいところをなぜわざわざ「ファクトではない」と言ったのか。「事実誤認」という語も小池知事は使っているのを見れば、「事実」でなく「ファクト」を使ったことのなかに、何かをはっきり言うのを避けたいという政治家的配慮を読み取るのは勘ぐりかもしれない。格別の理由もなく英単語が口を突いて出てきただけのことだろう。小池知事の趣味の問題なのかもしれない。丸川大臣の「ステークホルダー」ほどあいまいさを内包した怪しい語でないことは確かである。ただ、ひとつだけ確かなことがある。小池氏が「ファクト」という語を使ったときは今後注意すべし。「ファクト」は、1週間後には手のひらを返したように裏切られるかもしれないのである。

 

「五月雨の降りのこしてや光堂」

 もう2ケ月近く前になるが、平泉に行ってきた。これまでは東京を超えて東北まで足を延ばすことはほとんどなかったのだが、今回はなんとなくちょっと遠出をしてみようかと考え、角館、会津若松と合わせての2泊3日東北物見遊山を計画。平泉は40数年ぶりで2回目の訪問。昔の訪問はまったく記憶にない。平泉についての私のイメージは、奥州藤原氏の栄華と滅亡の地、義経終焉の地、今に残る中尊寺金色堂といったあたりで尽きてしまい、それ以上には出ない。それも、芭蕉の2つの句「五月雨の降りのこしてや光堂」「夏草や兵どもが夢の跡」をとおしての漠としたものでしかなく、およそ歴史的知見とはほど遠い。元々故事来歴といったものに無頓着な私は、今回の訪問でも歴史的好奇心を満たすことは予定外であって、バス停から金色堂へと至る中尊寺の坂道をぶらつき(足の調子が万全でなく、ちょっとしんどかったが)、町なかで千昌夫の公演ポスターを見つけて「北国の春」のメロディーを思い出したり(この人、岩手の出身だった、まだ元気でやっていたのか!)、「一隅を照らす」のポスターを見て中尊寺天台宗のお寺である(比叡山延暦寺の麓、坂本ではこのポスターをあちこちで見かける)ことに気づいたりといった程度の平泉散策であった。むしろ平泉に関して私が前々から少し気になっていたのは「五月雨の降りのこしてや光堂」の句。この句から私が受けるイメージは雨上がりに輝く金色堂であり、それ以外にはない。でも芭蕉は輝く金色堂を見る機会があったのか、芭蕉の時代には既に覆われていたはずなのだが、という点が気になっていた。せっかく平泉に行くのなら、この句について考えるのも一興。どうせなら『おくのほそ道』を全部読むのもまた一興。という次第で、旅行から帰って読み始めた。
 『おくのほそ道』を通して読むのはこれが初めて。全文は長いものではないし、古典といっても江戸時代のものであるから文章そのものはほぼ読解可能であって、読みづらさはない。音読するにもぴったり。しかし、先行する漢文や和歌の、あるいは人物や歴史上の知識なくしては理解の行き届かない文のいっぱい詰まった作品であることもまた事実。言い換えれば芭蕉の身につけていた教養を共有することなしに理解できないのが『おくのほそ道』である。そんな教養など現代日本人のほとんどだれも持ち合わせているはずがない。もちろん私も。しかし幸いにも専門家が素人向きに書いてくれている本がたくさんある。今回、以下の3冊に依り、本文と並べて注釈、現代語訳、解説を参照した。
日本古典文学大系岩波書店)46『芭蕉文集』
講談社文庫『おくのほそ道』
角川文庫 新版『おくのほそ道』
 「月日は百代の過客にして」で始まる『おくのほそ道』冒頭の文は、熱いというか切迫したというか、何かに追われるようにして旅に出る芭蕉の思いを伝えてなお余りある。その文中には「白河の関超えんと」「松島の月まづ心にかかりて」と具体的な地名が挙げられており、出立にあたってこの2つの土地がとくに芭蕉の心を惹いていたことがうかがえる。まずは白河の関を超えなくては何も始まらない。白河の関こそが奥州への入り口、本来の旅の始まる所と意識されていたのだろう。芭蕉も、それまではなんとなく不安な気持ちでの旅であったのが、白河についてようやく落ち着いた心構えができたと書いている。「心もとなき日数重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ」。
 実際に目にした松島はどうだったか。芭蕉は、日本一の絶景であって、中国の名勝である洞庭・西湖にも引けを取らない、その奥深い美しさにはうっとりとするばかりで美人の顔のようだ、と絶賛している。「松島は扶桑第一の好風にして、およそ洞庭・西湖を恥ぢず。…その気色窅然として美人の顔を粧ふ」。
 この松島と並んで当時の2大歌枕(古来、和歌に読み込まれて有名な土地や景色)であった象潟も旅の目的地として当初から芭蕉の心にかかっていた。同行する曽良を紹介した文のなかで「松島・象潟の眺めともにせんことを喜び」と述べているのもその証しであろう。実際に見た印象も期待にたがわぬものであって、「俤(おもかげ)松島に通ひて、また異なり。松島は笑ふがごとく、象潟はうらむがごとし」と両者対比によって言い表している。しかし芭蕉の感慨にもかかわらず、この象潟は1804年の地震で入り江が隆起して陸となり、現在は大半が水田となっている。無粋ながらグーグル地図で確認すると、ところどころ周囲より少し高く盛り上がった土地に松が生えていて、島であった往時をしのばせるのみ。芭蕉は平泉で「夏草や兵どもが夢の跡」とうたって人間の営みのはかなさを詠嘆したが、自然だって必ずしも永遠の命を保つわけではないことをまさにこの象潟が示している。芭蕉が今によみがえってこれを見たらどんな句を詠んだであろう。
 芭蕉が江戸を出発したのが元禄2年(1689年)3月27日(新暦5月16日)で、4月20日から21日(6月7日、8日)にかけて白河を通りぬけ、仙台、松島を経て平泉を訪れたのは5月13日(6月29日)のこと。この旅程は梅雨の時期にピッタリと重なる。5月1日(6月17日)に飯坂(芭蕉は飯塚と表記)に宿泊した際の描写は旅の難儀をよく伝えていて興味深い。現在なら飯坂温泉でくつろいで旅の疲れをいやし、となるところだが、まったく逆。「…湯に入りて宿を借るに、土座に莚を敷きて、あやしき貧家なり。灯もなければ、囲炉裏の火かげに寝所を設けて臥す。夜に入りて雷鳴り、雨しきりに降りて、臥せる上より漏り、蚤・蚊にせせられて眠らず、持病さへおこりて、消え入るばかりになん」。同行者曾良のこの日のメモには芭蕉発病の記述がないのでこの部分はフィクションだという説もある。そうかもしれない。でも事の真偽は二次的なもの。大事なのは、ここで芭蕉が旅の覚悟を固め、気力を奮い立たせている点だろう。「羇旅辺土の行脚、捨身無常の観念、道路に死なん、これ天の命なりと、気力いささかとり直し…」。
 この飯坂に宿泊したその日の日中の見聞が重要なのではないかと私は思う。この日、芭蕉佐藤元治の館跡を訪ね、「涙を落とし」たと、ある。この元治というのは藤原秀衡の家臣であり、源頼朝との戦で討ち死にした人。その息子2人、継信と忠信は義経の忠実な家来として名をはせた武将であり、継信は屋島で、忠信は京都で戦死している。彼らの妻2人は、息子の死を嘆き悲しむ母を慰めるため甲冑に身を包み、兄弟凱旋の姿を見せたという話が伝わっていて、芭蕉は「…ふたりの嫁がしるし、まずあはれなり。女なれどもかひがひしき名の世に聞こえつるものかなと、袂をぬらしぬ」と書いている。佐藤一族の旧跡を訪れた芭蕉は2回も泣いているわけで、これまた真偽は別として、共感の強さがうかがわれる。さらに、寺に宝物として保管されている義経の刀、弁慶の笈(実際には見なかったらしい)をテーマに「笈も太刀も五月に飾れ紙幟」とうたっている。佐藤一族から義経奥州藤原氏へと至る共感は疑うべくもない。飯坂の記述は平泉への伏線となっている。
 平泉への伏線はもう1つある。仙台から松島への途中、塩竈神社に参詣した芭蕉は、和泉三郎寄進の銘のはいった神灯を見て感慨を覚え、「五百年来の俤(おもかげ)、今目の前に浮かびて、そぞろに珍し。かれは勇義忠孝の士なり。佳名今に至りて慕はずということなし。まことに〈人よく道を勤め、義を守るべし…〉といへり」と和泉三郎を褒めたたえている。この和泉三郎とは藤原秀衡の三男忠衡で、父の遺命を守り、義経に従って戦い、兄泰衡に殺された人物。ここにも芭蕉奥州藤原氏義経に対する共感がはっきり語り出されていると言えよう。
 こうした伏線のうえに平泉の章は成り立っている。白河、松島、象潟のように地名を挙げて告知するのでなく、もっと巧妙なやり方と言えるかもしれない。松島や象潟といった有名な歌枕を目の当たりにして得た充足感とは別種の思いが芭蕉を捉える。「三代の栄耀一睡の中にして」で始まる数行に芭蕉はその思いを込める。人間とはなんと儚いものか、人間の営みのなんと虚しいものか。「笠うち敷きて、時の移るまで涙を落としはべりぬ」という表現もあながち文学的誇張とばかりは言えまい。芭蕉はほんとうに涙を落としたのかも。
 さて、では五月雨の句について。五月雨(さみだれ)と聞くと現代人は5月の新緑に降りそそぐさわやかな雨だと誤解しないとも限らないし、あるいは、なんとなくそれに近い語感を持ってしまっても不思議ではない。実は私、若い頃、五月雨が梅雨の別名であることを知らずに「五月雨の降りのこしてや光堂」の句を解釈していた。5月の雨がひとしきり降り、それが上がったさわやかな新緑の中で金色堂がひときわ色鮮やかに光り輝いている、などと。さらに無知ついでなことに、芭蕉の時代に金色堂が既に覆われていたことも知らず、芭蕉金色堂の輝くさまを一定の距離を置いて若葉越しに実際に見たものと思い込んでいたのである。ついでに言うと、「五月雨をあつめて早し最上川」の五月雨も梅雨とは考えず、一時的に強く降る5月の雨で最上川が急流となって流れているのをうたった句と受け取っていた。
 俳諧・俳句というのは難儀なもので、五七五の一句だけ取り出しても意味はなかなか判然としない。芸能人の俳句を先生が批評添削するテレビ番組があるけれど、そこでも作者はまずどのような風景、どのような気持ちをうたったのかと司会者から聞かれるし、先生はそれを(それも)参考にして貶したり褒めたりしている。これを見ても、やっぱり五七五だけで俳句は完結しないということが分かる。別段それが俳諧・俳句の欠点というわけではなく、俳諧・俳句とはそんなものであると考えておけばよいのではないか。(ちなみにその番組では料理の盛り付けとか、生け花、水彩画なども扱われている)。
 「五月雨の降りのこしてや光堂」の直前に置かれているのは次の文。「七宝散り失せて、珠の扉風に破れ、金(こがね)の柱霜雪に朽ちて、すでに頽廃空虚の叢となるべきを、四面新たに囲みて、甍を覆ひて風雨を凌ぎ、しばらく千歳(せんざい)の記念(かたみ)とはなれり」。この仮定部分の長い文章を句に対する説明と見れば、「五月雨」とは、金色堂が建立されて以来500年以上にわたって降り、覆堂がなければ金色堂を朽ちさせたであろう雨であって、ついさっき降ってそして止んだ雨ではないと理解するのが素直である。さらに状況証拠として、最初「五月雨や年々降て五百たび」という句が構想され、それが今ある句に置き換えられたという指摘がなされている。ここまではっきりすれば、ついさっき降ってそして止んだ雨、と解釈するのは逆立ちしても不可能である。したがって、岩波日本古典文学大系芭蕉文集』の解釈は「物皆を腐らすという五月雨も、ここばかりは降り残しているかのごとく、数百年来の風雨を凌いで来て、光堂は燦然と輝いているよ」となる。他の本も同様の解釈で、しごく妥当。
 でも最後の最後に勝手なことを言わせてもらうと、このイメージ、私は嫌いである。面白くない。五月雨が梅雨であっても構わない。梅雨の合間、雨が上がったひと時、金色堂だけが燦然と輝く、というのは無理な読みなのか。純粋にこの句だけを読めばこれしかないのではないか。なるほど、金色堂は蔽われていて、雨が直接あたることもないし、外から見えることもない。それでも構わない。人間には想像力がある。「五月雨や年々降て五百たび」なんて句に遠慮する必要などない(このあたり、かなり乱暴な議論ですね!)。平泉を訪れ、『おくのほそ道』を読んだ今でも、私のイマジネーションのなかで金色堂は雨上がりに輝いている。

 

東京オリンピックが可能という理屈は可能か?

 東京オリンピックパラリンピックについてIOCや日本の組織関係者のトップの人たちは相変わらず開催の姿勢を崩さず、バッハIOC会長などは私たちの神経を逆なでするような発言を繰り返している。とりあえず現時点では、この人たちが事態を冷静に直視し、日本国民の多数意思を尊重し、意を翻して開催中止の判断に至ることは期待できないと考えざるを得ない。立場もあるだろうし、私たちには測り知ることのできない思惑でもあるのだろう。無理が通れば道理が引っ込むとでも踏んでいるのか。開会予定まであと2ケ月足らず。日本国民の多数が反対の意思をはっきり示す必要が大きい。とはいえ、国民のすべてが反対しているわけではなく、開催賛成、あるいは開催やむなしという意見もある。JOC組織委員会関係者ならいざ知らず、そうでない人がいったいどういう論理で開催賛成と考えるのか、開催することに道理を見出すのはいかにして可能なのかが気になる。そんな折、「現代ビジネス」(5月24日)に「IOCの言うとおり、東京五輪は〈開催可能〉だ…その理由を説明しよう」という記事を見つけ、興味をひかれた。
 読んでびっくり。開催可能の論拠として挙げられているのはワクチン接種が今後進捗することが予想されるということだけ。そのうえで、予測通りならば、東京五輪はコロナに打ち勝ったといってもいいだろうと結論付けているのである。恥ずかしげもなく、このずさんな理屈にもならない理屈を垂れ流している筆者は何者かと見てみれば高橋洋一となっている。あれ、あの「さざ波」「屁みたいなもの」発言の高橋さんかと思って調べたら、5月24日付で内閣官房参与を辞任したあの高橋さんであった。
 まず冒頭、高橋氏は、IOCが東京が緊急事態宣言下にあってもオリンピックを開催する考えであるのを受けて、「東京における新型コロナの状況、五輪が国際ビジネスになっていることを考慮しても、筆者にとっては〈そうだろうな〉という感想だ。IOCは、各種テスト大会ができていることやワクチンの接種状況を理由としたが、それらも2ヵ月のイベントビジネスとして考えれば、違和感はない」と述べている。率直といえば率直、あけすけといえばあけすけ。オリンピックが国際ビジネス、イベントビジネスであることを、たとえそう思っていても、悪びれもせずにここまで平気で口にする人ってあまりいないのではないか。高橋氏は多分、ビジネスはビジネスだからそう言ったまでだ、何が悪い、現実を糊塗してスポーツの祭典などと美化しても何も始まらない、とでもおっしゃるかもしれない。現状無批判肯定論者の面目躍如たるところか。
 そして、高橋氏は、自分のワクチン接種予約体験(地元医療機関ではだめだったが自衛隊の大規模接種会場での予約が取れたこと)を述べ、さらに、防衛省の予約システムの脆弱性をめぐっての政府側とメディアとのやりとりにも言及している。それに続いて、河野大臣が薬剤師をワクチンの注射打ち手として活用する可能性について明言したことに触れ、次のように論じている。「大手マスコミは、4月26日の通達を正しく報じていないので、歯科医師と薬剤師で何がどう違うのかが、さっぱりわからない。その通達は、(1)歯科医師の協力なしにはワクチン接種ができない状況にある、(2)筋肉内注射の経験か研修を受けている、(3)被接種者の同意という条件があれば、医師法第17条との関係では違法性が阻却され得る、と書かれている。…このロジックであれば、米国で行われている薬剤師、英国で行われている研修生も可能だ。そこで、河野大臣は、薬剤師を検討対象として上げたのだ。この種の議論は、国会でも既に行われているおり、東徹参院議員らが既に厚生労働委員会などで政府に要求しているものだ。これはマスコミにとって不都合なのか、どうしてマスコミが報道しないのか不思議で仕方ない。」
 歯科医師を注射の打ち手として使うならば薬剤師だって可能なはずで、それに向けた議論が始まっているにもかかわらず、大手マスコミは報道していない、けしからん、という主旨。でも論理がずさんだし、事実にも反している。4月26日の通達というのは厚労省自治体に宛てた事務連絡文書で、歯科医師をワクチン注射の実施者とすることの法的論点と条件を整理したものである。薬剤師については一言も触れていないので、正しく報じようが報じまいがこの通達から歯科医師と薬剤師の違いが分かることはない。高橋氏の言いたいのは、この通達が示している歯科医師を注射打ち手とする条件は薬剤師にもそのまま妥当するので、「通達」を正しく報道しさえすれば薬剤師活用の可能性もおのずから明らかになるということらしいが、薬剤師の資格や就業実態(高橋氏には自明のことであるとしても)の検証抜きでいきなり歯科医師と同じだと言い張るのは論理上の手続き無視でしかない。さらに、この種の議論はマスコミでも報道されている。報道しないという文言は事実に反する。以下にそのいくつかの報道事例を挙げておく。
河野太郎規制改革相は18日の閣議後の記者会見で、新型コロナウイルスのワクチン接種の打ち手を確保するため薬剤師の活用を検討すると表明した。現在、接種できるのは医師、看護師、歯科医師に限る。〈薬剤師も次の検討対象になる)と明言した。」「日本経済新聞」5月18日
「薬剤師による新型コロナウイルスワクチンの接種について、日本薬剤師会の山本信夫会長は19日、〈要請があれば協力できるように研修内容の検討を始める〉と発言し、前向きな姿勢を示した。」「読売新聞」5月19日
新型コロナウイルスワクチンの〈打ち手〉が不足している問題について、立憲民主党は21日、薬剤師もワクチンを打てるように法整備などを求める要望書を田村憲久厚生労働相に提出した。政府に早急に決断するよう促している。」「朝日新聞」5月21日
菅首相は24日、官邸で日本薬剤師会の山本信夫会長と面会し、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が円滑に進むよう協力を要請した。山本氏は〈薬剤師としても最大限の協力はさせていただきたい〉と応じた。山本氏は面会後、記者団に〈(ワクチンを)打つための接種体制の整備、確保のために薬剤師もほかの医療職と一緒に頑張ってほしいという要望を受けた〉と説明。〈打ち手が足りず、薬剤師もやれといわれれば、私どもは決して逃げることなく対応する覚悟を持っている〉とも述べた。」「産経新聞」5月24日
 高橋氏によれば、マスコミはワクチン接種体制整備に向けての動きを伝えるのは自分にとって不都合だと考え、報道していないということになる。しかし、マスコミ側は不都合だとは考えていないで報道しているというのが事実である。なぜ「不都合」などという見当はずれの憶測が出てくるのか。ここから先は私も憶測してみよう(見当はずれでなければいいのだが)。高橋氏は、マスコミがオリンピック中止へと傾いている国民の気持ちに迎合して、コロナの危険を誇張し、オリンピック中止を煽るような報道ばかりやっている、国民に媚びを売ることを旨とし、IOCバッハ会長やコーツ調整委員長の配慮を欠いた発言、自治体での海外選手の相次ぐ事前合宿中止決定、中止すべきではないかという様々な人の意思表示、海外メディアが示すオリンピック開催への懸念、小池都知事対丸川大臣のバトル等々、オリンピックに水をかけるよう報道ばかりをしている、と見ているのであろう。それに比べると、オリンピック開催を後押しすると高橋氏の考えるワクチン接種に薬剤師を活用する問題はマスコミにとって不都合なテーマであり、マスコミはこれを黙殺していると高橋氏は理解しているのである。しかしこれが誤解であって、マスコミがこの問題を報じていることは前述のとおりである。
 高橋氏の拠り所は日本の感染者数割合が欧米諸国に比べて低いということと、ワクチン接種がうまく機能するだろうということの2点である。感染者数割合とワクチン接種は相関的に論じるべきというのが氏の持論である。「原則として感染の拡大が深刻な国・地域から行われている」ので日本のワクチン接種率が低いのも異とするに足らずということになる。「4月19日時点で、世界84ヶ国で日本は71位と下位であるが、感染度合を加味すると、日本はほぼ平均の45位だった。現時点の5月21日ではどうか。世界112ヶ国で日本は80位であるが、感染度合を加味すると42位と平均よりやや良くなっている。5月24日から大規模接種が東京、大阪でスタートするので、日本でのワクチン接種は加速するだろう。もし、これから新型コロナ感染状況が極端に悪化せず、ワクチン接種が予定通りに進むのであれば、他国が今の順位のままで単純に考えると、2ヶ月後の五輪開催時に、日本の順位は感染度合を加味しない場合で25位程度、加味すれば10位程度と予想される。その予測通りなら、東京五輪は新型コロナに打ち勝ったといってもいいだろう。」
 71位と80位が接種率そのものに基づく順位であろうことは理解できるが、感染度合いを加味した45位と42位とがいったいどのような数値に基づく順位なのか不明である。接種率を感染率で補正するための変換式とその結果の数値が示されなくては、45位から42位へとか言われて私たちは何を納得したらよいのか。感染度合いを加味して42位といった数字はいったい何を論証するものなのか。42位と言えば日本の状況がそれほど悪くないことが分かるのであり、これで十分、それ以上の説明は不要だと高橋氏は考えているのか。もし引用している「Our World in Data」に何らかの説明があるならば、その説明をも載せるべきであろうし、高橋氏自身の変換操作によるのならば、なおさら説明しなくてはならないはずである。
 さらに理解不能なのが、2ヵ月後には日本の順位が単純数値で25位、感染度合いを加味して10位程度という予想。完全に根拠不明。他の国だってワクチン接種は加速するだろうし、新型コロナ感染状況を悪化させないように手を打つだろう。なぜ日本だけ状況が改善されるのか。もちろん日本人誰しも日本のコロナ対策が充実することを願っているが、そのことと、こんないい加減な数字を弄ぶこととは別物。無責任そのもの。そして、最後の1行こそ無責任の極み。「その予測通りなら、東京五輪は新型コロナに打ち勝ったといってもいいだろう」。このうしろに是非(笑笑)と付けたいところである。ワクチン接種が進んで世界10位(そもそもこの数字がでたらめで、意味がない)になることが、どうして東京オリンピックパラリンピックの開催可能の理由となるのか。あまりの論理のずさんさに情けなくなってしまった。
 高橋氏はツイッターで物議をかもしたことの責任を取って内閣官房参与を辞された。菅総理によれば「大変反省をしておられた」とのこと。氏のツイッターからは日本の緊急事態宣言を「屁みたいなもの」と形容した文言は削除されている。さすがにこの下品さはまずかったのだろう。しかし、日本のコロナ感染状況を「さざ波」と呼んだ文言は削除されていない。どうも、大変反省をしておられるようには見えない。
 それで、最後に「さざ波」について一言。高橋氏は資料として「Our World in Data」のデータから国別の感染者数割合を比較した折れ線グラフを挙げている。このグラフを見ればなるほど米国やイタリアは大波状態であって、これ対して日本をさざ波と呼ぶこともあながち的外れとは思えない。しかしこれは、感染者数の多い国と比べた場合であって、感染者数の少ない国と比べたらどうなるか。オーストラリア、ニュージーランド、韓国、台湾、マダガスカル(島国ということで興味がある)と並べてみた。すると日本が大波状態になってしまう。10日ほど前から台湾の感染者急増が気になるが、それでもまだ日本より低い(5月25日現在)。要するに、比較対象によって日本の感染状況はさざ波にでも大波にでもなるのである。さざ波だけを見て大波を無視し、日本の状態をたいしたことはないと言い張るのはいいかげんにやめたらどうか。

 

上御霊神社(ごりょうさん)

 先日5月18日は京都、上御霊神社の祭礼であった。御霊と名の付く神社はたくさんあるだろうが、京都で御霊神社といえば上御霊と下御霊の二社で、御所から1キロほど北にあるのが上御霊、御所のすぐ南にあるのが下御霊である。なかでも一般的に「御霊神社」あるいは「ごりょうさん」と呼びならわされているのは上御霊神社のほうで、私がよく知っているのもこちら。周辺の町内は上御霊という名を冠にしていて、私が生まれ育ち、最近まで住んでいたのも上御霊中町という町である。
 子供の頃、私にとって「ごりょうさん」の境内は格好の遊び場所で、さすがに野球はしてはいけなかったが、それ以外のあらゆる遊びのホームグラウンドであった。とりわけ夏の蝉取り。蝉の鳴き声のする季節はほとんど毎日、朝から夕方まで網を持って蝉を追いかけまわした。なぜあんなに夢中になれたのか今となっては不明だが、お盆には、せめてお盆くらいは生き物を取るのは止めとき、と母親から言われるくらい熱中した。
 蝉取り以外によくやった遊びはかくれんぼ。本殿に向かって右側奥手には土を盛って小高くなった所に稲荷神社があり、本殿裏手にまわると神明神社厳島神社八幡宮などのこじんまりした境内社があり、さらによく分からない誰かを祀った石塚も立っていて、一帯はかなりの数の大木も生えていて、少し鬱蒼としている。鬼の様子をうかがいながら身をひそめたり逃げたりするには格好というよりむしろ恰好すぎる場所がいくつもあって、おまけに車も通らない。これ以上理想的なかくれんぼのフィールドは考えられない。
 他によくやったのはチャンバラごっこ。秋になると烏丸通のいちょう並木の枝が伐採される。そこから気に入った枝を拾ってきてナイフで小枝を払い、刀とする。これを使って「ごりょうさん」の境内で時代劇を演じるのである。このあいだNHKオンデマンドで「雲霧仁左衛門」というのを見ていたら、御霊神社でロケした(火付盗賊改方の岡田という与力が内通情報を雲霧配下に伝えるなど、いくつかの)場面が出てきて、私が喜ぶいわれはないのだけれど何とはなしにうれしかった。ついでにもうひとつロケの話をすると、やはりNHKの「京都人の密かな愉しみ」での茅の輪くぐりの場面と、それに続く和菓子屋の娘三八子が異母弟と会う場面も御霊神社で撮ったものである。
 というわけで、子供の頃は遊びに遊び、老人の今はテレビ画面で懐かしがっているのが「ごりょうさん」である。2年前から主として大津坂本で暮らすようになって京都に帰るのは月に1,2度となり、散歩の途中で立ち寄って社殿に手を合わせる機会もなくなった。正月のお参りだけは続けており、祭礼にも出かけたい気はあるのだが、こちらは去年も今年もコロナのせいで大幅に縮小され、中心となる神輿の巡行もなく寂しい限り。結局、今年も祭りに合わせて京都に戻ることはなかった。
 今、懐かしがっていると書いたけれど、「ごりょうさん」だって時代に合わせて多少の変化はしており、久しぶりに訪れるとオヤッと思うこともある。最近は応仁の乱とのゆかりの深さを前面に押し出して観光客へのアピールにも努められているようで、境内には細川護煕元首相が揮毫した「応仁の乱発端 御霊合戦旧跡」の石碑が立っている。護煕氏は応仁の乱当事者である細川勝元の末裔であって、その縁での揮毫らしいが、石碑そのものは新しく、建てられたのは数年前のことである。神社の正面入り口、西に面して立っている鳥居の向かって右側にはそれより古い「応仁の乱勃発の地」と刻んだ石標と、京都市による案内板が設置されている。石標がいつからそこにあるのか記憶は定かでないが、少なくとも案内板のほうは私の子供の頃にはなかった。その案内板によれば上御霊神社境内の御霊の森に畠山政長が2千の兵を率いて布陣し、そこを畠山義就が3千余の兵で襲い、打ち破ったとある。うーん、当時の御霊の森はもっと広かったに違いないが、かくれんぼをしたあの辺りで陣が張られ、戦がたたかわれたというわけか。感慨ひとしお。
 私の子供の頃なかったものは他にもある。子供神輿と御霊太鼓。かつては小さな子供が祭礼に参加するにはお稚児さんとしてしか可能でなく、これは、誰か(たいてい母親)が稚児行列に付き添って一緒に歩かなくてはならず、しかもそれなりの服装(和装の人が多い)ででなければ格好もつかずといった具合で、ハードルは高い。今では、5月5日に子供神輿の巡行が別途行われ、こちらは誰でも気軽に身軽に参加できるようになっている。我が家の子供たちもお世話になった。御霊太鼓は子供神輿より少し遅れて創設されたのか、あるいは昔あったのを復興したのかもしれないが、私の子供の頃は聞いたことも見たこともなかった。最近ではすっかり奉納として定着し、祭礼以外でも節分などには子供たち20人くらいが神楽殿でドンドコドンドコやっている。これも子供が主人公である。
 よく分からないのが茅の輪くぐり。私の子供時代の記憶にはまったく存在しない。この神事自体は昔から全国の神社で行われていて、格別珍しいものではないらしいが、子供の頃に「ごりょうさん」で茅の輪なるものをくぐった覚えどころか、見た覚えさえない。最近になって新たに始められたのか、戦後の一時期途絶えていたのが復活したのか、それとも絶え間なく続けられてきたのに私がボケているのか。どうも最後の可能性が高くて、そう考えると恐ろしい。いずれにしても「京都人の密かな愉しみ」では、輪のくぐり方とまわり方と、その際となえる和歌が紹介されていた。「そやけど、こんな作法で茅の輪くぐりをやってる京都人てほんまにいるのやろか!?」が率直な感想である。むしろ、どこか地方でこそしきたりが守られているのではなかろうかと思う。
 神社正面の鳥居横には「応仁の乱勃発の地」とは別の案内板が設置されていて、神社の由来を次のように記している。「祭神として崇道天皇早良親王)、吉備真備橘逸勢をはじめ十三柱の神霊を祀る。この地には、はじめ付近住民の氏寺として創建された上出雲寺があったが、平安京遷都(794)に際し、桓武天皇の勅願により王城守護の神として、奈良時代平安時代初期に不運のうちに亡くなった八柱の神霊が祀られたといわれ、その後、明治天皇の御願により祭神五柱が増祀され、現在に至っている。平安時代には、天変地異や疫病流行は怨霊のたたりであるとする御霊信仰が盛んで、怨霊をなだめるための御霊会が度々行われ、疫病除けの霊社として名を広めた。朝廷から庶民に至るまで広く信仰を集めたが、特に御所の守護神として皇室の崇敬が厚く、神輿や牛車等、皇室からの寄付品を多数蔵している。…」
 これで見る限り、もし神様にお願いするとすれば、今現在、これ以上ふさわしい神様はいらっしゃらないのではないか。なんといっても筋金入りの疫病除けの神様である。コロナのたたりから日本をお救いくださいとお祈りするのも悪くはあるまい。神様には、人間たちがしっかりせんとあかんのやと言われるのが落ちだろうが、6月30日には京都へ戻って茅の輪くぐりでもしようかしら。

オリンピック中止とアスリートの心情

 瀬古利彦さんが「スポーツ報知」の取材に応じ、今回のオリンピックに向けた選手の思いを、かつてのモスクワオリンピックに出られなかった自分の心情と重ね合わせて代弁している。
「僕たちは皆、出たかった。それを政治の力、“オトナの都合”で、理不尽にね…。走って負けたら悔いは残らない。でも、走らず負けるのは悔いが残る。そして年々、悔しさは増すんですよ。だから今が一番、悔しい。二度と選手をこんな目に遭わせたくはないね。」
「当時は『五輪に行かせてくれ』というのは、最後の最後で柔道の山下君たちが言いに行ったけど、それまでは言ったらいけない感じだった。今も同じですよ。『五輪やらせて』って言っちゃいけない雰囲気になっている。(41年前の)“二の舞い”になるんじゃないか、って考えてしまう。」
「選手たちは走るのが仕事。仕事を奪われることほどつらいことはないから、許されるなら五輪をやらせてあげたいと思うよね。今まで一度もスポーツを見て元気をもらったことがない、って人はなかなかいないんじゃないか。苦難を乗り越えて勇気づけるスポーツの力が、免疫力を上げる“心のワクチン”のようになればいい。」
 あのオリンピックボイコット騒動の被害者であり、現在は日本陸上界の指導的地位にある瀬古さんほどの人物(何より素晴らしいマラソンランナーだった)の発言はそれなりの重みがあって、尊重したいと思うし、揚げ足取りをするつもりはないけれど、何か論点がずれているような気がしてならない。モスクワオリンピックボイコット騒動と今回のオリンピック中止に向けた動きとは全く異なる性質のものであって、同じ次元で論じることが無理なのではなかろうか。
 1979年のソ連によるアフガニスタンへの武力介入に抗議するという名目で米国が呼びかけ、日本を含む多くの国が同調したのが1980年モスクワオリンピックのボイコット。背景には東西冷戦対立があって、次の1984ロサンゼルスオリンピックソ連など東側諸国がボイコットし、この2大会は政治がスポーツを支配することの典型的な実例としてオリンピック史上に名を残すこととなった。モスクワで金メダル確実と見られていたレスリングの高田選手が涙ながらに参加を訴える姿は多くの人々の心を揺さぶった。誰しもが政治論理の冷酷非情を感じたし、高田や山下や瀬古がオリンピックに出られないことの不条理を、これは大げさでなく我が事のように嘆いた。
 では、今回は。今回の障害は政治でなく新型コロナ。すなわち悪者は人間ではなくウイルス。政治という人間の営みが原因でオリンピックに出るべき人が出られなくなるのは不条理以外の何物でもないが、ウイルスが原因となれば、これは災害である。語弊を招く言い方かもしれないが、災害なら諦めもつきやすい。もちろん、災害でなら出られなくなる選手の悔しさが小さくなるなどと言うつもりはない。政治原因であろうがウイルス原因であろうがオリンピック出場を断念せざるを得ない無念に大小があるとは思わない。その点で41年前の瀬古選手の悔しさは現在にも通じるものである。しかし、である。しかし、やっぱり何かが違うのではないか、それも本質的な何かが。41年前は政治の暴力にスポーツが屈してしまった。言い換えれば人間が人間に屈したのである。今回は違う。人間以外の生物と人間が戦っている最中であって、その戦いの一環としてオリンピック中止が求められているのである。道理なき不参加と道理ある不参加。この決定的な違いを無視して選手の心情だけを問題にしても話は進まないのではないか。
 さらに踏み込んで選手の心情ということを問題にするならば、今回は、選手たちの心がオリンピックでプレーしたいという思い一色で満たされているとは考えられない。アスリートも一市民である。一市民として立ち止まり、考えてみると、オリンピック強行開催はあまりにも多くの問題を抱えているのではないのかという思いにとらわれたりもするのではないか。世論調査で示されているような開催中止に傾いている多数の日本人の心を選手たちが共有しないはずがなかろうと私は思うのだけれど、どうだろう。もちろん、だからといって選手がオリンピックを中止すべきだと公言するわけにはいかない。オリンピックに出たくないオリンピック選手などあり得ない。かくして、選手の心は揺れ動き、ジレンマに立たされる。自分としては開催されるものと考えて精一杯トレーニングに励むだけしかありません、ということぐらいを言うのが関の山である。選手に責任はない。早く中止を決めたほうが選手をジレンマから解放してあげられるのではないだろうか。

今こそオリンピック・パラリンピック中止の決定を

 数日前、定期的に高血圧の薬を出してもらっているかかりつけの医院に行ったところ、待合室の様子がいつもと違って、人が多い。受付の人たちも忙しそうである。よく見ると、待っている人の手にはコロナワクチン接種券が握られている。あれ、もうワクチン接種が始まっているのかな、私はそんな連絡を受けていないけれどと思いながら耳をすませば、皆さん予約するためにやって来ているのだと分かった。診察時にお医者さんに尋ねると、まず75歳以上対象の接種が始まり、私はそれより年下なので、順番はその次とのこと。5月初旬に予約についての連絡が届くはずだから電話で予約してもらったらいいですよと言われ、待合室に戻り、改めて耳をすますと、75歳以上の人たちの接種が始まるのは6月のようである。6月9日に1回目で、といった声が聞こえてくる。すると私は7月か。人ごみの中に出かけることもないし、急がないけれど。それに、接種を受けると百パーセント決めたわけでもない。副作用について、接種が本格的になってから見極めてもいいのだから。などと考えていたら、またぞろ東京オリンピックのことが気になりだした。
 まず、IOCのバッハ会長の発言。東京都などとの5者協議のテレビ会議で次のように発言した。
「The Japanese people have demonstrated this perseverance throughout their history. And it’s only because of this ability of the Japanese people to overcome adversity that these Olympic games under these very difficult circumstances are possible.
 日本の人々はその歴史を通じて堅忍不抜を示してきました。そして、今次オリンピック大会がこの非常に困難な状況下で可能になるのは、ひとえに、日本の人々の逆境に打ち勝つ、この力ゆえなのです。」
 この外交辞令は日本人にとって耳障りのよいものではない。いくらバッハ会長に持ち上げられても不可能事は不可能事。7月23日のオリンピック開催までにコロナウイルスに打ち勝つのは無理というもの。もちろん、バッハ発言の趣旨がそうではないことぐらいは分かるが、日本人のabilityで何とかしろ、オリンピックをやれと言われてもどうしようもないのである。ネット上その他で盛んに批判されているのも当然といえば当然。
 そして、東京オリンピックパラリンピック組織委員会日本看護協会に大会の医療スタッフとして看護師500人の確保を依頼したことも問題になっている。とりわけ医療現場からの声は深刻である。以下「スポーツ報知」の報道。
「組織委の突然の要請に、医療現場からは悲痛な声が上がっている。東京23区内の病院に勤務する看護師たちは、この報道を耳にし、現状を赤裸々に語った。〈もともと、大前提として医師、看護師不足が大きな問題としてある中、さらにコロナで病床はひっ迫、経営は赤字の状態。非常に苦しい。これ以上、どこから500人も看護師を出す考えなのか分からない。病院ではコロナ対応に人員を割かれ、一般病棟も人手不足の中、懸命に働いている〉。医療スタッフは競技会場や選手村の感染症対策センターなどでの仕事が中心になると言われている。西日本にある病院勤務の看護師は苦しい胸中を語った。〈感染者が少ない県から人員をかき集めれば500人は集まるでしょう。ただ、わざわざ感染しに行くような場所に行きたくないのが正直なところ。日頃、勤務先から『他県には行くな』と指示されているし…〉。当然、五輪開催について医療現場では〈中止にしてほしい〉という意見が大半を占めている。…仮に開催されたとしても五輪後の感染拡大に懸念の声が高まっているといい、現場では政府への不信感を募らせている。」
 そんななか、5月3日には安倍前首相がBSフジ番組で「夏の東京五輪パラリンピックについて〈菅義偉首相や東京都の小池百合子知事を含め、オールジャパンで対応すれば何とか開催できると思う〉と述べた。〈日本だけではなく、世界が夢や希望が持てる、そういう大会にしていきたい〉とも語った」とか。(「産経新聞」2021.05.03)
 「オールジャパンで対応」って何のことだか? この期に及んで「夢や希望」について語りますか! ひたすらあきれ返るしかない。具体的な方針や対策を示すこともできないまま(示せるはずがないのだが)、開催に執着するのはもう止めにしたらどうか。むしろ、今こそオリンピック・パラリンピックは中止すると国の内外に向かって宣言する潮時ではないのか。とくに国内に向けての開催中止のメッセージは大きな意味を持つのではなかろうかと私は思う。
 緊急事態宣言も3回目で、もしこれで感染抑え込みに今までとは次元の違う成果ないし展望が得られなければどうなるのか。2回目までと同じように感染者数、重症患者数、病床逼迫度、死者数が一定程度減少した段階で宣言を解除して、飲食店や大型商業施設などへの営業控えや時間短縮の要請を緩和し、国民には自粛を求め続けつつ様子を見よう、ワクチンも接種し始めていることだし何とかなるのではないか、そこに期待するしかない、というのが政府の考えなのだろう。それ以外に何か積極的な具体策を講じているようには見えない。しかし、もし今回も1回目2回目の緊急事態宣言と同じ轍を踏んで、宣言解除後に感染者が増えるようなことになればどうするつもりなのか。リバウンドは絶対に阻止する、4回目の緊急事態宣言はありえないという覚悟ができているのだろうか。1回目の非常事態宣言が出されていた昨年のゴールデンウイークに比べてどこも今年は人出が多くなっていることが繰り返し報道されている。政府の言う事に耳を貸す気を失いつつある人が増えているのである。4回目の非常事態宣言などということになれば公然たる軽視が始まるだろう。
 オリンピック開催のための医療体制は決して小規模なものではないはずである。看護師500名確保は氷山の一角に過ぎないのではないか。そんな医療体制を構築できるのか。他の医療に犠牲を強いることなしにできるはずがない。7月にコロナが収束していることはあり得ないし、コロナ対策を怠らないようにすればそれ以外の医療がおろそかにならざるを得ない。どこかにしわ寄せが行く。オリンピック強行が現在でもすでに危惧されている医療崩壊へ続く危険な一方通行路であることぐらいみんな分かっているはずなのに。
 ここで、ちょっと視点を変えてみよう。東京オリンピックパラリンピック開催にあたってIOCJOC、東京都の三者が締結した開催都市契約というものがある。この第66条は契約の解除に関する規定であり、IOCが契約を解除して、開催都市における本大会を中止する権利を有すると定めている。契約解除該当事由のなかに戦争状態や内乱と並んで「IOCがその単独の裁量で、本大会参加者の安全が理由の如何を問わず深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合」が挙げられている。要するに、選手の安全が守られない恐れありと判断すれば、IOCは大会を中止する権利があるというのである。なるほど、そういうことか。で、以下は私の空想。
 ひょっとすると、日本のオリンピック関係者はIOCがこの権利を行使するのを待っているのかもしれない。条文によれば大会を中止する権利を持つのはIOCであってJOCでも東京都でもない。IOCが選手の安全が脅かされると判断すればよいのである。日本側としては中止を言い出す権利がないのだから、あくまで開催に向けて最大限の努力をすることにする。批判覚悟で看護師500人派遣を要請したのもその一環である。その結果はしかし、選手の安全が確保できるまでに至らなかったとIOCが判断し、日本の献身的努力に深く感謝しつつ中止を決定する。こんな脚本ができていると考えるのは妄想か? 妄想でしょうね。
 ここはやはり、日本が中止を決めるべきではないのか。最大の影響を受けるという点で最大の当事者である日本は、コロナを想定していなかった開催都市契約に制約される必要はないだろう。国内のコロナ対策に全力を挙げるためにオリンピックは中止せざるを得ないと明言すべきでないのか。事実もその通りであって、今回の緊急事態宣言下で徹底したコロナ対策を取るつもりならばオリンピックに割く余力などないはずである。看護師500人派遣に関して菅首相は休業中の方もいるのだから可能だというようなことを言ったけれど、それなら人手不足にあえいでいる医療現場になぜ今すぐ派遣しないのか。首相会見は図らずも政府が現状打破のために全力を尽くしていないことを露見させてしまった。
 どんな実効的な対策が必要なのか? 私がまず考えつくのは、ウイルスを運ぶ人、それも発症せずにウイルスを運ぶ人を減らすことが重要で、そのためにPCR検査を飛躍的に拡大して感染者を見つけ出し、他の人との接触を遮断することである。まあしかし、私の素人の思いはさて置くとして、専門家の皆さんにはしっかり考えていただき、忌憚のない意見を政府や自治体に言っていただきたいものである。政治や経済への配慮に縛られなければ対策として考えられる事はたくさんあるのではないだろうか。こんな対策が必要なのだが現実には無理だろうなどと斟酌せずにズバリ専門的意見を言ってほしい。菅首相も口癖のように「専門家の意見をよくお聞きして」と言っているのだから。
 そして最後にひとつ。是非、日本政府にはオリンピック・パラリンピックの中止を明言してもらいたい。東京都やJOC任せにするのではなく、またIOCの顔色をうかがうのではなく政府主導でやってほしい。それも今すぐに。緊急事態宣言を出している今を逃すべきでない。オリンピック中止決定と緊急事態宣言をセットにして政府のやる気を示し、国民の理解と共感を得、実行ある対策を打つ。これしかないのではないか。