80代で逝った3人の方々

 ついこのあいだ、8月中旬に80代のタレント3人が立て続けに亡くなった。ジェリー藤尾笑福亭仁鶴千葉真一。それぞれの本業は歌手、落語家、俳優。享年は81才,84才,82才。かつてテレビに慣れ親しんだ世代にとっては本当に懐かしい人たちである。それぞれについて私が思い出したのは次のようなこと。
 ジェリー藤尾さんの大ヒット曲と言えば「遠くへ行きたい」で、永六輔作詞、中村八大作曲。この2人の手になるヒット曲は沢山あるが、一番有名なのは坂本九がうたった「上を向いて歩こう」だろうか。これは名曲と呼んでもよいだろう。3人を合わせて689トリオなどという呼び方も人口に膾炙した。「上を向いて歩こう」は世界的にも大ヒットして、「SUKIYAKI」なんて変なタイトルを付けられてしまったが、いずれにせよ、いろんな国の様々な歌手がカバーした。「遠くへ行きたい」もそれに劣らない名曲だと私は思うのだが、こちらは世界的に認められることはなかった。ずっと短調で終始する地味な曲調は、アップテンポの「上を向いて歩こう」(こちらも途中で短調が出てくるようだが)に比べて世界向きでなかったのかもしれない。それ以外にも、たまたま誰それの目に留まったとか留まらなかったとかいった曲の運命もあるだろう(人間と同じ?)。多少の例外はあるかもしれないが、「遠くへ行きたい」をカバーしているのはもっぱら日本の歌手たちで、かなりの数になると思う。それはともあれ、私が覚えているのは、ジェリー藤尾さんがNHK紅白歌合戦」でこれをうたった時のこと。歌詞を忘れるか、間違えるか、そのどっちだったか私の記憶もあいまいだが、多分間違えたのだと思う。彼は「あがっちゃって」と釈明していた。50年、60年昔の「紅白歌合戦」といえばまさに年末の国民的イベント。視聴率も70%とか80%で、今では想像もつかない数字。日本中の人々が見つめていると言って過言ではない舞台ではプロの歌手でさえ平常心ではいられないのか。あるいはジェリー藤尾さんて結構ナイーブであったのかもしれない。
 仁鶴さんはこの30年余りは、「四角い仁鶴がまあ~るくおさめまっせー」のフレーズで始まるNHKバラエティー生活笑百科」の相談室長として活躍される姿が鮮明であった。4年前に奥さんを亡くしてからは自身の体調も思わしくなく番組からも降りていたが、復帰叶わぬままに亡くなった。私が一番よく覚えているのはずっと昔、民放で「ヤングおー!おー!」という番組があり、この司会をやっていた仁鶴さん。私の好きな番組のひとつで、日曜日の夕方には可能な限り家にいて、テレビの前に座ったものである。これは公開収録であり、観客のなかには端倪すべからざる喜劇センスの持ち主(大阪人?)がいて、きわどい掛け声やヤジを飛ばしたりする。例えば歌手の金井克子がうたっている最中に女の子(多分、高校生)が「おねーさま」なんて掛け声をかけたりする。会場はどっと沸き、金井のほうは一瞬戸惑いと恥じらいの表情を見せる。最後に仁鶴さんがまあーるくおさめるといった具合であった。とある駆け出しの漫才コンビの名前を募集し「オール阪神巨人」と決まったのも確かこの番組であった。あと仁鶴さんで思い出すのは「おばちゃんのブルース」。ビルの掃除をしながら育て上げた一人息子は立派なサラリーマンになったけれど、結婚してからは離れていった。でもくじけず生きるお掃除おばちゃんのことを歌いあげる。挿入されるセリフが素敵。「おばちゃん、若い時、だんさんと一緒に行水入ってんてな」「夕焼け空に、おばちゃんの顔、きれいななー」。
 千葉真一さんは俳優というよりアクションスターと呼ぶべきか。アクション映画が趣味でない私は、じつは千葉さんの映画もドラマもほとんど見ていない。唯一の例外はキイハンターだけれど、特に印象に残っているシーンはない。印象に残っているのは、ドラマでも映画でもなく実物の千葉さん。大津坂本の日吉大社でロケ中の姿を見た。私が坂本での一時的な暮らしを始めたのは10年ほど前からで、本格的に住み始めたのは今から2年少し前。それまでは坂本を訪れることなどほとんどなく、せいぜい2,3度あったかどうか。それが、どういうわけか、40年ほど昔、たまたま日吉大社紅葉狩りに来た折、ロケ中の千葉さんを目撃したのである。撮影の合間らしく、忍びの衣装に身を包んだ千葉さんが橋の欄干越しに川面のほうを眺めながら若手の俳優らしい人物と何やら話し込んでいる。多少の手ぶり身ぶりを伴った話しぶりだが、アクションとはほど遠いもの静かなジェスチャーで、あれこれと教えているといった感じであった。その千葉さんもコロナにやられてしまった。今や日吉大社は私の定番散歩コースになっていてほぼ毎日鳥居をくぐる。千葉さんの訃報を聞いて以来、日吉大社に来るたびに千葉さんのあの姿がよみがえる。
おさんかたのご冥福をお祈りします。 

 

オリンピック閉会から1週間経ったが

 オリンピックが終わって1週間が経った。最初の頃は私も卓球混合ダブルス伊藤水谷や柔道阿部兄妹の活躍には、やったね!という感慨も湧いたが、以降は、暇にまかせてテレビのスイッチを入れても退屈することが多く、10分ほどして切るといったことの繰り返しだった。サーフィンやスケートボードなんかは競技自体がよく分からないし、水泳なんかで絶叫するアナウンサーには鼻白むだけだし、選手と恩師や家族との秘話で感動を強要されるのは御免こうむりたいしで、結局、テレビ観戦についやした時間は全体として10時間ぐらいだったろうか。一番長く見たのがゴルフであったというのは不思議であった。というのも、私はゴルフはやったことが全くなく、特に関心もなかったのである。にもかかわらず1時間ほど見入った。単純明快なルールに従って、淡々とボールを飛ばすのが何とはなしに面白かった。パー3のホールを私だったら何打でホールアウトかなど考えても見当がつかない。おそらく50打は必要か。それ以外の競技で真剣に見たのは20キロ競歩。これは、大学の陸上部の後輩(と言うのもおこがましいが)が出るので応援したが、銅メダルであった。
 そして今、日本中がなんとなくジメッとした、そしてモヤッとした、さらにイラッとした気分に蔽われているように感じる。コロナ感染者の記録的増加。オリンピック開催との直接的関係はないと加藤官房長官。うん、そりゃ、外国から来た人が東京中を闊歩してウイルスをばらまいたというような直接的関係はないかもしれない。でも、間接的関係はある。とても密接な間接的関係があるとしか考えられない。ほんとうにこれからどうなることか。政府の無為無策に悪乗りして、外出自粛呼びかけを馬鹿にする気分が日本中に満ちていて、それも分かるが、結局割を食うのは国民だから、やっぱり外に出ないほうがよいだろう。仕方がない。自暴自棄にならず、絶望せずに暮らすしかないのではないか。
 そんな今、東京オリンピックを誘致するのにどのような言葉が使われたのかを改めて見直してみたのだが、とても虚しい。筆頭に挙げるべきは、「立候補ファイル第1巻、テーマ2:大会の全体的なコンセプト」で述べられている「この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」の大嘘だろう。これには批判が集中したし、今さら注釈も不要であろうが、ひとつだけ言っておきたいのは、これが日本側からの一方的な嘘ではなくて、IOCも共犯であるという点である。7月8月の東京がパフォーマンスに理想的な気候なんて誰も信じなかったくせに。そしてIOC総会(2013年)でのプレゼンテーション。ここにも虚しい言葉が満ちている。私など(おそらく、多くの日本人にとっても)には理解不可能でIOC委員には自明であるらしい語彙、東京を自画自賛する観光パンフレット的美辞麗句(東京ってそんなに素敵な街なのか)、商業的成功を約束する言い回しなどが並べられていて、現在の、医療崩壊で悶え喘ぎ、安全から遠ざかって行く東京の姿との落差に愕然とする。新型コロナの影も形もなかった時点での、そして東京のアピールを課題としたプレゼンとはいえ、空々しさは覆うべくもない。そして何よりもアスリートファーストの視点が欠如していることに驚かされる。IOC委員の票を得るためにはアスリートファーストはどうでもよかったみたいである。以下に「2020オリンピック・パラリンピック競技大会招致活動報告書」からいくつか引用して記憶にとどめておきたい。
(1)竹田恆和招致委員会理事長
オリンピック・ムーブメントは 20 年以上も黄金期を謳歌しています。 それは、明確で強固なリーダーシップ、委員の皆様の戦略的な決定、そして、このムーブメントの時間を超えた価値によるものです。
東京の有する3つの強さは、全てのオリンピック・ファミリーに恩恵をもたらします。
・Delivery: なぜなら東京は、万全な大会開催、そしてそれ以上を提供します。
・Celebration: なぜなら東京は、かつてないような、すばらしい都心での祝祭を実現します。
・Innovation: なぜなら東京は、世界中のスポーツに恩恵をもたらすため、東京の有する創造性とテクノロジーのすべてを提供するからです。
(2)水野正人招致委員会専務理事
2020年東京大会は、広大で若いアジア大陸への玄関口となります。40億人以上の人々が暮らし...その中には10億人以上の若者が含まれます。事実、この円の外よりも円の中に、より多くの若者が住んでいることが分かります。
東京は、この重要な市場で皆様のスポーツが成長できる7年間を提供します。2020年東京大会では、ゴールデンタイムにテレビの生中継を見る視聴者の規模は、史上最大となります。最大の地元の観戦チケット市場と...商業面での最大限の成功がもたらされます。
我々の招致はすでに21の企業スポンサーを得ています...
また、JOCは記録的なレベルでのスポンサーシップを獲得しています。
日本の経済界が大会を支援し...そして、IOCが確実に、世界中にオリンピズムを推進するという独自の大変重要なプログラムに集中できるようにします。
(3)猪瀬直樹東京都知事
東京は、ダイナミックでありながら、平和で、信頼のおける、安全で安定した都市です。東京は、世界水準の素晴らしいインフラを有し、それをさらに発展させるため、投資を続けています。そして、若者たちにとっては、世界的なランドマーク(標)である都市です。
(4)滝川クリステル招致"Cool Tokyo"アンバサダー
「おもてなし」という言葉は、なぜ日本人が互いに助け合い、お迎えするお客様のことを大切にするかを示しています。ひとつ簡単な例をご紹介しましょう。
もし皆様が東京で何かを失くしたならば、ほぼ確実にそれは戻ってきます。たとえ現金でも。実際に昨年、現金3,000万ドル以上が、落し物として、東京の警察署に届けられました。
世界を旅する75,000人の旅行者を対象として行った最近の調査によると、東京は世界で最も安全な都市です。この調査ではまた、東京は次の項目においても第1位の評価を受けました。
・公共交通機関
・街中の清潔さ そして、タクシーの運転手の親切さにおいてもです。
あらゆる界隈で、これらの資産を目にするでしょう。東洋の伝統的な文化...
そして最高級の西洋的なショッピングやレストランが、世界で最もミシュランの星が多い街にあり...全てが、未来的な都市の景観に組み込まれています。
(5)太田雄貴選手
想像してみてください...東京という都市のまさに中心で生活することを。
目覚めれば素晴らしい水辺の景色があることを...寝室から見える競技会場で競技す
ることを...すぐ近くには、若者文化の世界的な中心である最もクールな地区。
(6)安倍晋三総理大臣
委員長、ならびにIOC委員の皆様、東京で、この今も、そして2020年を迎えても世界有数の安全な都市、東京で大会を開けますならば、それは私どもにとってこのうえない名誉となるでありましょう。
フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません。
きょう、東京を選ぶということ。それはオリンピック運動の信奉者を、情熱と、誇りに満ち、強固な信奉者を、選ぶことにほかなりません。スポーツの力によって、世界をより良い場所にせんとするためIOCとともに働くことを、強くこいねがう、そういう国を選ぶことを意味するのです。

東京オリンピックが開催したが

 今日は7月28日。東京オリンピック開会式から6日経過し、日本の金メダルが昨日までで10個となり現在国別のトップ。日本連日の金メダルラッシュという文字もメディア上では踊っていて、やっぱりオリンピックやってよかったのではないかといった雰囲気がないこともない。とくに、3日前の柔道阿部兄妹、一昨日の卓球混合ダブルスの水谷と伊藤、昨日のソフトボールは期待どおり、もしくは選手には失礼な言い方になるかもしれないが、期待以上の活躍で、日本中を沸かしたのは間違いない。オリンピック開催にこだわった人たちの大喜びが目に見えるようである。では、反対した人たちはどうか。もちろん祝福している。おめでとうという気持ちはオリンピック開催に反対の考えとは矛盾しない。私のように開催反対で、かつ、国ごとのメダル獲得数を比較して一喜一憂する風潮にうんざりしている人間でも日本選手の活躍には声援を送る。
 それで気になるのは「手の平返し」という攻撃。これまで開催に反対ないし消極的であった人たちやテレビ番組が手の平を返したように日本人選手を応援し、メダル獲得を喜んでいるではないか、という批判である。この意地悪で安易な見方が結構多い。でも、開催反対と選手応援とは矛盾するものではない。開催反対とは、開催に伴うコロナ禍拡大の様々な危険性を見て見ないふりをし、安全安心を呪文のように唱えるだけで明確な根拠は示さず、やればなんとかなるだろう、やってみなけりゃ分からない(としか理解できない)という姿勢で開催へと突き進む無責任ぶりに対する批判であり、日本人の健康と命を元手に国がギャンブルをすることに対する反対である。ギャンブルであるからひょっとして当たることもある。つまり、大過なくオリンピックを全うできることもありうる。でも、やはり政策としてギャンブルを選択することは間違いではないのかという批判が反対の根底にある。結果いかんにかかわらず、開催か中止かの事前の選択肢のなかで中止を選ぶことが政策として正しいあり方であるというのが反対の要点である。オリンピックがうまく行ったからといって(まだ分からないが)、反対が間違っていたということにはならないのである。この点は重要だろう。
 そして、オリンピックが始まった。あとはどうなるのが望ましいか。大会の内外においてコロナ禍が拡大しないこと(大会の外におけるコロナ感染状況もオリンピックと無関係ではない)。選手たちがトレーニングの成果と力を存分に発揮できること。この2つである。私は日本人であるから日本選手が活躍すればうれしい。でもこれは、オリンピックがうまく行ったかどうかとは関係ない。日本が金メダルをたくさん取ったからオリンピックは成功だった、開催反対は間違いだったというような馬鹿な議論はゆめゆめやることなかれ。あくまでも先に挙げた2つが重要である。そして、その2つはどうか。かなり厳しい。昨日の東京コロナ新規感染者は2848人で過去最多。恐ろしいとしか言いようがない。3000人! 4000人! 5000人! 悪夢のように数字が膨らんでしまう。東京都福祉保健局の吉村局長は、「年明けの第3波のピークの時とは本質的に異なっているので、医療に与える圧迫は変わっている。入院患者は確かに増えてきているが、すぐに第3波のような状況になるとは認識していない」。「医療機関の負担が増えていないことはないと思うが、第3波の1月と比べれば格段の差があると思う。いろいろな、医師に聞いた感覚的な話だが、まだ1月みたいな雰囲気ではないと思っている」。「いたずらに不安をあおることはしていただきたくない」と言っているが(27日NHKニュース)、どこまで真に受けていいのか。
 そして、選手たちのプレーする環境。トライアスロンの選手がゴール後倒れ込んで嘔吐するとか、テニスのジョコビッチが試合時間を夜に移すことを求めたとかが報道され、最初から分かっていたこととはいえ、酷暑の東京が改めて浮き彫りになってきている。東京(1964)とメキシコシティー(1968)のオリンピックで連続して金メダルを獲得した重量挙げの三宅義信氏が7月25日の「スポーツニッポン」紙上にオリンピックに寄せる真率な思いを吐露していて、私などは納得することばかりだったが、そのなかで酷暑問題についても次のように述べている。「64年の東京五輪は10月。日本が最も過ごしやすい最高の季節だった。現在のように夏季大会が7、8月開催と決められたのは、テレビ局の意向だと聞く。アスリートファーストをうたったのはこの東京五輪。気温40度に迫るコンディションは、選手にとって望ましい状況ではないことなど、火を見るより明らかではないか。ここにも経済的な問題がまとわりついてくる」。当たり前の指摘であるとはいえ、三宅氏のような人の言葉だと重みがぐんと増す。それにしても、何よりも一番の被害者はアスリートなのだから、もっともっとアスリートたちがこの問題で発言してもよいのではないか。
 昨日までのオリンピック関係者のコロナ感染者数は154。上記吉村局長は「オリンピック関係者で150何人、感染者が出ているが、きょうの〔東京の〕2848人に比べれば軽微だ」と言って、こちらのほうもあまり騒ぐなと言いたいらしいけれど、1日の感染者が数名から10名余りといった状況がいつまで続くか心もとない。選手村でクラスター発生などという事態にならないことを願うのみ。そして、無事にオリンピックが終わり、みんなで冷静になって(メダルの数にはしゃいだりせずに)オリンピックのあり方を考えることができたらよいのにと思う。
 最後に上記手記での三宅義信氏の言葉を紹介しておきたい。「現在の価値観に従った五輪運営の行く先は決して明るくないと、私は考えている。今回の東京五輪開催の最大の意義となるべきは、大会が原点に返るターニングポイントになるということに尽きる。例えば競技数を減らすとか、無駄なイベントを減らすとかして、お金をかけない運営方法を模索することはいくらでもできるはずだ。華美な大会はアスリートのためではない。選手が本当に求めているのは、努力を思い切って発露できる清らかな世界一決定の舞台だ」。

医学検査の精度って?

 NHKオンデマンドで『ハードナッツ!』というドラマを見た。主人公難波くるみは数学専攻の大学生で、刑事の伴田とコンビを組み、難事件を数学的思考で解決するというコミック仕立ての作品で、なかなか楽しめる。そのなかで、サイドストーリーとして、伴田が健康診断の結果、有病率1万人に1人で治療法なしという難病の疑いありとされ、再検査を受けるよう指示されるというエピソードが出てくる。既に受けた検査の精度が99.9%なので再検査を受ける意味はない、自分はどうせ死ぬんだからと言うのをくるみが聞きとがめ、誤解を解いてやることになる。
 精度99.9%ということは1000人に1人、10000人に10人の割合で間違いが出る。つまり10000人に1人しか罹っていないはずの病気なのに10人が検査陽性となるわけで、真の患者は10人中1人、確率10分の1というのが正解(後で述べる計算方法による正確な数値は9.08%であり10%ではないが、誤差として無視してよいだろう)。そして、伴田の再検査も陰性と出て、めでたしめでたし。でも、精度99.9%の検査で黒と言われたら、もうあかんと思うのが一般人の心理ではなかろうか。私だってそう思い込む、少なくとも一瞬は。あながち伴田をデータ無知、数字音痴と馬鹿にすることはできない。そこで、いったい検査の精度って何なのかという疑問が湧いてきて、WEB上で、にわか勉強してみた。以下はその結果であるが、正しいかどうかは自信がない。
 まず出てきた用語が感度と特異度。検査対象全員が感染者である場合に陽性と正しく出る確率が感度。検査対象全員が非感染者である場合に陰性と正しく出る確率が特異度(この用語はspecificityの訳らしいけれど、もう少し分かり易い日本語がなかったのか)。両方とも高ければ高いほど精度が高いということになり、100%が理想だが、それはあり得ない。その理由は理論上も実践上もいろいろあるらしく、予防医学的には大事な問題であるみたいだが、素人が何かを言えるテーマではないので何も言わない。で、感度90%の検査ならば感染者100人中10人を見落とし、特異度90%の検査ならば非感染者100人中10人を感染者と判定してしまうことになる。では私が、感度90%の検査で陽性判定であった場合、実際に感染している確率はどれくらいなのか。90%か。違う。伴田刑事が感度(もしくは特異度)99.9%を自分が実際に感染している確率だと早とちりしたのもこの間違いであった。私の陽性が真であることの確率(陽性的中率)を求めるには、見込まれる有病率(事前確率と言うらしい)に応じて被検査者数を振り分ける手続きを経たうえで、感染者部分には感度を、非感染者部分には変異度をあてはめ、それぞれの陽性者数を出す必要がある。例えば10000人に100人の有病者数が見込まれる病気では次のようになる(検査人数10000人、感度と特異度は90%として計算)。       
感染者      100       非感染者 9900
その内検査陽性  90    その内検査陽性  990 →検査陽性の合計 1080
     検査陰性  10       検査陰性   8910
陽性的中率は90÷1080=0.083…となり、検査陽性の私がほんとうに病気である率は8.3%。数字を適当に変えると下のような数値が出てきて、有病率が低く検査特異度が低くなれば陽性的中率が下がるということが分かる。
感度 (%)    特異度(%)  有病率  陽性的中率(%)
90            90         1000/10000      50
90                 90          100/10000       8.33
(80                90          100/10000       7.48)
(90                99         100/10000       47.62)
(80                99         100/10000       44.69)
90                 90          10/10000      0.89
90            90          1/10000          0.09
 などと数字をいじくっていて気になりだしたのが新型コロナウイルスPCR検査の特異度。特異度次第では偽陽性の人が増えるというわけで、もしも特異度90%などということなら大変。非感染者10000人を検査して1000人が偽陽性! 本当の感染者の対応だけでも大変な医療現場が不必要な観察治療行為まで背負い込むことになってしまう。だとすれば、PCR検査徹底すべしと当ブログ上で述べた(2021.03.31)私は無責任なことを言ったことになってしまう。おおいに気になってWEB上であちこち調べまわった。結果はOK。PCR検査そのものの特異度は極めて高く、検体への異物混入などの人為ミスさえなければ、存在しないコロナウイルスを検出する可能性はほぼゼロ(回復者の検体からウイルスの残骸を検出する可能性はあるみたいだが)、つまり変異度は100%に近いと考えてよいようである。99%という数字もよく見かけたが、どうもこれは根拠薄弱。検査拡大によって偽陽性者が多数生まれ、医療を圧迫することはなさそうである。現実に起きている医療逼迫も人手不足が主たる原因で、偽陽性者の対応に追われてということではないようである。
 では、感度はどうか。これが意外と低くて、てんでバラバラなのにはびっくりするしかない。70%とか90%とか、あるいは30~70%というアバウトな数字もある。これらの数字は理論的洞察をすすめるプロセスで仮に設定したといった類のものもあり、断定的なものとして言われているのではないかもしれないが、とにかく皆さんいまひとつ確信はなさそう。よく見かける70%という数字は独り歩きしている感もあり、なんとなく危なそう。なかには、感度の低さを理由にPCR検査不要論を説く人もいたりして、議論は錯綜状態。まあ、それも仕方ないと言えば言えないこともない。なにせ新型コロナウイルスが出現したのが1年半前で、データの蓄積も豊富ではないだろう。検査の感度って、どんな方法で調べるのか(検査を検査する方法?)私には分からないが、PCR検査の結果をPCR検査の結果で検証するわけではなかろうし、切り口の異なるデータの集積が不可欠であろう。現時点では、それがないのかもしれない。でも、たとえ検査をすり抜ける感染者がかなりの程度予想されるにしても、PCR検査不要論は極論であって、感度云々の議論に振り回されることなく検査を拡充することが大事だと思う。検査をけちる正当な理由はない。

ステークホルダー and ファクト

 東京オリンピックパラリンピック組織委員会は競技会場における酒類提供のあり方について6月21日には検討中としていたのを、23日に急遽、中止にすると決定した。これは街なかの飲食店などでは一般に酒の提供自粛が厳しく要求されているなかで、オリンピックはやはり特別扱いじゃないかという批判が殺到したことを受けての決定であるとみられている。 
 この批判殺到に一役買ったのが丸川五輪担当大臣の6月22日の記者会見。競技会場での酒類の提供について訊かれ、「大会の性質上、ステークホルダーの存在がどうしてもある。組織委員会としては、そのことを念頭において検討されると思う。大声出さない、拍手だけで応援する観戦スタイルをしっかり貫かれるような形で、検討いただきたい」と答えた。これを受けて、SNS上ではステークホルダーって誰だ、ステークホルダーのために酒の販売を認めるのか、といった批判が飛び交い、会場や関連施設でのビール、ノンアルコールビール、焼酎、ワインの独占販売契約を結んでいる「アサヒビール」がツイッター上でトレンド入り。二階自民党幹事長までがアルコール禁止はしっかりしておくべきだとか言い出す始末。アサヒビールとしてはいっぺんに悪者にされて、どえらい迷惑だったろう。これがドラマであれば、社長が自分の部屋に掲げてある大臣のポスターをひきはがしてビリビリと引き裂き、土足で踏みにじるといったところか。
 ところで、この「ステークホルダー」という元英語、最近では日本語の中に入りつつあるが、それでも百人が百人とも理解できる単語ではなく、上の丸川発言を報じたメディアでも括弧して「利害関係者」とか「スポンサー企業」とか補っていることが多い。会見映像で確かめたところ、丸川氏自身はもちろんステークホルダーと言っただけで、利害関係者とかスポンサー企業などと翻訳しているわけではない。それは当たり前のことであって、故意にか無意識にかは分からないが、日本語で言った場合の露骨さをぼやかす為に使っているのだから。まさか、スポンサー企業の存在が、とは言えまい。
 政治家が外国語、たいていは英語(だけ)だが、日本語で言えないことはないのにわざわざ外国語を使うというのは、何かやましいことがあって、聞き手がはっきり理解してくれないほうが好都合である場合が多い。この点については、このブログ(2020.12.18)で「エビデンス」を例に挙げて書いたことがある。今回の「ステークホルダー」もまさしくその好例。
 ついでに東京オリンピック関連で最近気になった英単語使用例をもう1つ挙げると、小池東京都知事の使った「ファクト」。都知事は6月19日、東京オリンピックパラリンピック大会期間中に都内6カ所で実施予定だったパブリックビューイングをすべて中止する、と明らかにした。でもでも、と、ここで混ぜ返さないわけにはいかない。つい1週間前、11日には、パブリックビューイングについて、東京都内全ての開催を中止する方向で都が検討に入ったとの報道がされ、それに対し小池知事は「ファクトではない」と否定し、「発信された社、担当者宛てに、事実誤認であると抗議文を出させていただきました」とまで言っていたのである。「ファクトでない、抗議した」とおっしゃっていたのが1週間でコロッと変わった。
 「事実ではない」と言えばよいところをなぜわざわざ「ファクトではない」と言ったのか。「事実誤認」という語も小池知事は使っているのを見れば、「事実」でなく「ファクト」を使ったことのなかに、何かをはっきり言うのを避けたいという政治家的配慮を読み取るのは勘ぐりかもしれない。格別の理由もなく英単語が口を突いて出てきただけのことだろう。小池知事の趣味の問題なのかもしれない。丸川大臣の「ステークホルダー」ほどあいまいさを内包した怪しい語でないことは確かである。ただ、ひとつだけ確かなことがある。小池氏が「ファクト」という語を使ったときは今後注意すべし。「ファクト」は、1週間後には手のひらを返したように裏切られるかもしれないのである。

 

「五月雨の降りのこしてや光堂」

 もう2ケ月近く前になるが、平泉に行ってきた。これまでは東京を超えて東北まで足を延ばすことはほとんどなかったのだが、今回はなんとなくちょっと遠出をしてみようかと考え、角館、会津若松と合わせての2泊3日東北物見遊山を計画。平泉は40数年ぶりで2回目の訪問。昔の訪問はまったく記憶にない。平泉についての私のイメージは、奥州藤原氏の栄華と滅亡の地、義経終焉の地、今に残る中尊寺金色堂といったあたりで尽きてしまい、それ以上には出ない。それも、芭蕉の2つの句「五月雨の降りのこしてや光堂」「夏草や兵どもが夢の跡」をとおしての漠としたものでしかなく、およそ歴史的知見とはほど遠い。元々故事来歴といったものに無頓着な私は、今回の訪問でも歴史的好奇心を満たすことは予定外であって、バス停から金色堂へと至る中尊寺の坂道をぶらつき(足の調子が万全でなく、ちょっとしんどかったが)、町なかで千昌夫の公演ポスターを見つけて「北国の春」のメロディーを思い出したり(この人、岩手の出身だった、まだ元気でやっていたのか!)、「一隅を照らす」のポスターを見て中尊寺天台宗のお寺である(比叡山延暦寺の麓、坂本ではこのポスターをあちこちで見かける)ことに気づいたりといった程度の平泉散策であった。むしろ平泉に関して私が前々から少し気になっていたのは「五月雨の降りのこしてや光堂」の句。この句から私が受けるイメージは雨上がりに輝く金色堂であり、それ以外にはない。でも芭蕉は輝く金色堂を見る機会があったのか、芭蕉の時代には既に覆われていたはずなのだが、という点が気になっていた。せっかく平泉に行くのなら、この句について考えるのも一興。どうせなら『おくのほそ道』を全部読むのもまた一興。という次第で、旅行から帰って読み始めた。

中尊寺にある芭蕉

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 『おくのほそ道』を通して読むのはこれが初めて。全文は長いものではないし、古典といっても江戸時代のものであるから文章そのものはほぼ読解可能であって、読みづらさはない。音読するにもぴったり。しかし、先行する漢文や和歌の、あるいは人物や歴史上の知識なくしては理解の行き届かない文のいっぱい詰まった作品であることもまた事実。言い換えれば芭蕉の身につけていた教養を共有することなしに理解できないのが『おくのほそ道』である。そんな教養など現代日本人のほとんどだれも持ち合わせているはずがない。もちろん私も。しかし幸いにも専門家が素人向きに書いてくれている本がたくさんある。今回、以下の3冊に依り、本文と並べて注釈、現代語訳、解説を参照した。
日本古典文学大系岩波書店)46『芭蕉文集』
講談社文庫『おくのほそ道』
角川文庫 新版『おくのほそ道』
 「月日は百代の過客にして」で始まる『おくのほそ道』冒頭の文は、熱いというか切迫したというか、何かに追われるようにして旅に出る芭蕉の思いを伝えてなお余りある。その文中には「白河の関超えんと」「松島の月まづ心にかかりて」と具体的な地名が挙げられており、出立にあたってこの2つの土地がとくに芭蕉の心を惹いていたことがうかがえる。まずは白河の関を超えなくては何も始まらない。白河の関こそが奥州への入り口、本来の旅の始まる所と意識されていたのだろう。芭蕉も、それまではなんとなく不安な気持ちでの旅であったのが、白河についてようやく落ち着いた心構えができたと書いている。「心もとなき日数重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ」。
 実際に目にした松島はどうだったか。芭蕉は、日本一の絶景であって、中国の名勝である洞庭・西湖にも引けを取らない、その奥深い美しさにはうっとりとするばかりで美人の顔のようだ、と絶賛している。「松島は扶桑第一の好風にして、およそ洞庭・西湖を恥ぢず。…その気色窅然として美人の顔を粧ふ」。
 この松島と並んで当時の2大歌枕(古来、和歌に読み込まれて有名な土地や景色)であった象潟も旅の目的地として当初から芭蕉の心にかかっていた。同行する曽良を紹介した文のなかで「松島・象潟の眺めともにせんことを喜び」と述べているのもその証しであろう。実際に見た印象も期待にたがわぬものであって、「俤(おもかげ)松島に通ひて、また異なり。松島は笑ふがごとく、象潟はうらむがごとし」と両者対比によって言い表している。しかし芭蕉の感慨にもかかわらず、この象潟は1804年の地震で入り江が隆起して陸となり、現在は大半が水田となっている。無粋ながらグーグル地図で確認すると、ところどころ周囲より少し高く盛り上がった土地に松が生えていて、島であった往時をしのばせるのみ。芭蕉は平泉で「夏草や兵どもが夢の跡」とうたって人間の営みのはかなさを詠嘆したが、自然だって必ずしも永遠の命を保つわけではないことをまさにこの象潟が示している。芭蕉が今によみがえってこれを見たらどんな句を詠んだであろう。
 芭蕉が江戸を出発したのが元禄2年(1689年)3月27日(新暦5月16日)で、4月20日から21日(6月7日、8日)にかけて白河を通りぬけ、仙台、松島を経て平泉を訪れたのは5月13日(6月29日)のこと。この旅程は梅雨の時期にピッタリと重なる。5月1日(6月17日)に飯坂(芭蕉は飯塚と表記)に宿泊した際の描写は旅の難儀をよく伝えていて興味深い。現在なら飯坂温泉でくつろいで旅の疲れをいやし、となるところだが、まったく逆。「…湯に入りて宿を借るに、土座に莚を敷きて、あやしき貧家なり。灯もなければ、囲炉裏の火かげに寝所を設けて臥す。夜に入りて雷鳴り、雨しきりに降りて、臥せる上より漏り、蚤・蚊にせせられて眠らず、持病さへおこりて、消え入るばかりになん」。同行者曾良のこの日のメモには芭蕉発病の記述がないのでこの部分はフィクションだという説もある。そうかもしれない。でも事の真偽は二次的なもの。大事なのは、ここで芭蕉が旅の覚悟を固め、気力を奮い立たせている点だろう。「羇旅辺土の行脚、捨身無常の観念、道路に死なん、これ天の命なりと、気力いささかとり直し…」。
 この飯坂に宿泊したその日の日中の見聞が重要なのではないかと私は思う。この日、芭蕉佐藤元治の館跡を訪ね、「涙を落とし」たと、ある。この元治というのは藤原秀衡の家臣であり、源頼朝との戦で討ち死にした人。その息子2人、継信と忠信は義経の忠実な家来として名をはせた武将であり、継信は屋島で、忠信は京都で戦死している。彼らの妻2人は、息子の死を嘆き悲しむ母を慰めるため甲冑に身を包み、兄弟凱旋の姿を見せたという話が伝わっていて、芭蕉は「…ふたりの嫁がしるし、まずあはれなり。女なれどもかひがひしき名の世に聞こえつるものかなと、袂をぬらしぬ」と書いている。佐藤一族の旧跡を訪れた芭蕉は2回も泣いているわけで、これまた真偽は別として、共感の強さがうかがわれる。さらに、寺に宝物として保管されている義経の刀、弁慶の笈(実際には見なかったらしい)をテーマに「笈も太刀も五月に飾れ紙幟」とうたっている。佐藤一族から義経奥州藤原氏へと至る共感は疑うべくもない。飯坂の記述は平泉への伏線となっている。
 平泉への伏線はもう1つある。仙台から松島への途中、塩竈神社に参詣した芭蕉は、和泉三郎寄進の銘のはいった神灯を見て感慨を覚え、「五百年来の俤(おもかげ)、今目の前に浮かびて、そぞろに珍し。かれは勇義忠孝の士なり。佳名今に至りて慕はずということなし。まことに〈人よく道を勤め、義を守るべし…〉といへり」と和泉三郎を褒めたたえている。この和泉三郎とは藤原秀衡の三男忠衡で、父の遺命を守り、義経に従って戦い、兄泰衡に殺された人物。ここにも芭蕉奥州藤原氏義経に対する共感がはっきり語り出されていると言えよう。
 こうした伏線のうえに平泉の章は成り立っている。白河、松島、象潟のように地名を挙げて告知するのでなく、もっと巧妙なやり方と言えるかもしれない。松島や象潟といった有名な歌枕を目の当たりにして得た充足感とは別種の思いが芭蕉を捉える。「三代の栄耀一睡の中にして」で始まる数行に芭蕉はその思いを込める。人間とはなんと儚いものか、人間の営みのなんと虚しいものか。「笠うち敷きて、時の移るまで涙を落としはべりぬ」という表現もあながち文学的誇張とばかりは言えまい。芭蕉はほんとうに涙を落としたのかも。
 さて、では五月雨の句について。五月雨(さみだれ)と聞くと現代人は5月の新緑に降りそそぐさわやかな雨だと誤解しないとも限らないし、あるいは、なんとなくそれに近い語感を持ってしまっても不思議ではない。実は私、若い頃、五月雨が梅雨の別名であることを知らずに「五月雨の降りのこしてや光堂」の句を解釈していた。5月の雨がひとしきり降り、それが上がったさわやかな新緑の中で金色堂がひときわ色鮮やかに光り輝いている、などと。さらに無知ついでなことに、芭蕉の時代に金色堂が既に覆われていたことも知らず、芭蕉金色堂の輝くさまを一定の距離を置いて若葉越しに実際に見たものと思い込んでいたのである。ついでに言うと、「五月雨をあつめて早し最上川」の五月雨も梅雨とは考えず、一時的に強く降る5月の雨で最上川が急流となって流れているのをうたった句と受け取っていた。
 俳諧・俳句というのは難儀なもので、五七五の一句だけ取り出しても意味はなかなか判然としない。芸能人の俳句を先生が批評添削するテレビ番組があるけれど、そこでも作者はまずどのような風景、どのような気持ちをうたったのかと司会者から聞かれるし、先生はそれを(それも)参考にして貶したり褒めたりしている。これを見ても、やっぱり五七五だけで俳句は完結しないということが分かる。別段それが俳諧・俳句の欠点というわけではなく、俳諧・俳句とはそんなものであると考えておけばよいのではないか。(ちなみにその番組では料理の盛り付けとか、生け花、水彩画なども扱われている)。
 「五月雨の降りのこしてや光堂」の直前に置かれているのは次の文。「七宝散り失せて、珠の扉風に破れ、金(こがね)の柱霜雪に朽ちて、すでに頽廃空虚の叢となるべきを、四面新たに囲みて、甍を覆ひて風雨を凌ぎ、しばらく千歳(せんざい)の記念(かたみ)とはなれり」。この仮定部分の長い文章を句に対する説明と見れば、「五月雨」とは、金色堂が建立されて以来500年以上にわたって降り、覆堂がなければ金色堂を朽ちさせたであろう雨であって、ついさっき降ってそして止んだ雨ではないと理解するのが素直である。さらに状況証拠として、最初「五月雨や年々降て五百たび」という句が構想され、それが今ある句に置き換えられたという指摘がなされている。ここまではっきりすれば、ついさっき降ってそして止んだ雨、と解釈するのは逆立ちしても不可能である。したがって、岩波日本古典文学大系芭蕉文集』の解釈は「物皆を腐らすという五月雨も、ここばかりは降り残しているかのごとく、数百年来の風雨を凌いで来て、光堂は燦然と輝いているよ」となる。他の本も同様の解釈で、しごく妥当。

現在の金色堂(は、この中)

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保存されている、かつての覆堂

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でも最後の最後に勝手なことを言わせてもらうと、このイメージ、私は嫌いである。面白くない。五月雨が梅雨であっても構わない。梅雨の合間、雨が上がったひと時、金色堂だけが燦然と輝く、というのは無理な読みなのか。純粋にこの句だけを読めばこれしかないのではないか。なるほど、金色堂は蔽われていて、雨が直接あたることもないし、外から見えることもない。それでも構わない。人間には想像力がある。「五月雨や年々降て五百たび」なんて句に遠慮する必要などない(このあたり、かなり乱暴な議論ですね!)。平泉を訪れ、『おくのほそ道』を読んだ今でも、私のイマジネーションのなかで金色堂は雨上がりに輝いている。

 

東京オリンピックが可能という理屈は可能か?

 東京オリンピックパラリンピックについてIOCや日本の組織関係者のトップの人たちは相変わらず開催の姿勢を崩さず、バッハIOC会長などは私たちの神経を逆なでするような発言を繰り返している。とりあえず現時点では、この人たちが事態を冷静に直視し、日本国民の多数意思を尊重し、意を翻して開催中止の判断に至ることは期待できないと考えざるを得ない。立場もあるだろうし、私たちには測り知ることのできない思惑でもあるのだろう。無理が通れば道理が引っ込むとでも踏んでいるのか。開会予定まであと2ケ月足らず。日本国民の多数が反対の意思をはっきり示す必要が大きい。とはいえ、国民のすべてが反対しているわけではなく、開催賛成、あるいは開催やむなしという意見もある。JOC組織委員会関係者ならいざ知らず、そうでない人がいったいどういう論理で開催賛成と考えるのか、開催することに道理を見出すのはいかにして可能なのかが気になる。そんな折、「現代ビジネス」(5月24日)に「IOCの言うとおり、東京五輪は〈開催可能〉だ…その理由を説明しよう」という記事を見つけ、興味をひかれた。
 読んでびっくり。開催可能の論拠として挙げられているのはワクチン接種が今後進捗することが予想されるということだけ。そのうえで、予測通りならば、東京五輪はコロナに打ち勝ったといってもいいだろうと結論付けているのである。恥ずかしげもなく、このずさんな理屈にもならない理屈を垂れ流している筆者は何者かと見てみれば高橋洋一となっている。あれ、あの「さざ波」「屁みたいなもの」発言の高橋さんかと思って調べたら、5月24日付で内閣官房参与を辞任したあの高橋さんであった。
 まず冒頭、高橋氏は、IOCが東京が緊急事態宣言下にあってもオリンピックを開催する考えであるのを受けて、「東京における新型コロナの状況、五輪が国際ビジネスになっていることを考慮しても、筆者にとっては〈そうだろうな〉という感想だ。IOCは、各種テスト大会ができていることやワクチンの接種状況を理由としたが、それらも2ヵ月のイベントビジネスとして考えれば、違和感はない」と述べている。率直といえば率直、あけすけといえばあけすけ。オリンピックが国際ビジネス、イベントビジネスであることを、たとえそう思っていても、悪びれもせずにここまで平気で口にする人ってあまりいないのではないか。高橋氏は多分、ビジネスはビジネスだからそう言ったまでだ、何が悪い、現実を糊塗してスポーツの祭典などと美化しても何も始まらない、とでもおっしゃるかもしれない。現状無批判肯定論者の面目躍如たるところか。
 そして、高橋氏は、自分のワクチン接種予約体験(地元医療機関ではだめだったが自衛隊の大規模接種会場での予約が取れたこと)を述べ、さらに、防衛省の予約システムの脆弱性をめぐっての政府側とメディアとのやりとりにも言及している。それに続いて、河野大臣が薬剤師をワクチンの注射打ち手として活用する可能性について明言したことに触れ、次のように論じている。「大手マスコミは、4月26日の通達を正しく報じていないので、歯科医師と薬剤師で何がどう違うのかが、さっぱりわからない。その通達は、(1)歯科医師の協力なしにはワクチン接種ができない状況にある、(2)筋肉内注射の経験か研修を受けている、(3)被接種者の同意という条件があれば、医師法第17条との関係では違法性が阻却され得る、と書かれている。…このロジックであれば、米国で行われている薬剤師、英国で行われている研修生も可能だ。そこで、河野大臣は、薬剤師を検討対象として上げたのだ。この種の議論は、国会でも既に行われているおり、東徹参院議員らが既に厚生労働委員会などで政府に要求しているものだ。これはマスコミにとって不都合なのか、どうしてマスコミが報道しないのか不思議で仕方ない。」
 歯科医師を注射の打ち手として使うならば薬剤師だって可能なはずで、それに向けた議論が始まっているにもかかわらず、大手マスコミは報道していない、けしからん、という主旨。でも論理がずさんだし、事実にも反している。4月26日の通達というのは厚労省自治体に宛てた事務連絡文書で、歯科医師をワクチン注射の実施者とすることの法的論点と条件を整理したものである。薬剤師については一言も触れていないので、正しく報じようが報じまいがこの通達から歯科医師と薬剤師の違いが分かることはない。高橋氏の言いたいのは、この通達が示している歯科医師を注射打ち手とする条件は薬剤師にもそのまま妥当するので、「通達」を正しく報道しさえすれば薬剤師活用の可能性もおのずから明らかになるということらしいが、薬剤師の資格や就業実態(高橋氏には自明のことであるとしても)の検証抜きでいきなり歯科医師と同じだと言い張るのは論理上の手続き無視でしかない。さらに、この種の議論はマスコミでも報道されている。報道しないという文言は事実に反する。以下にそのいくつかの報道事例を挙げておく。
河野太郎規制改革相は18日の閣議後の記者会見で、新型コロナウイルスのワクチン接種の打ち手を確保するため薬剤師の活用を検討すると表明した。現在、接種できるのは医師、看護師、歯科医師に限る。〈薬剤師も次の検討対象になる)と明言した。」「日本経済新聞」5月18日
「薬剤師による新型コロナウイルスワクチンの接種について、日本薬剤師会の山本信夫会長は19日、〈要請があれば協力できるように研修内容の検討を始める〉と発言し、前向きな姿勢を示した。」「読売新聞」5月19日
新型コロナウイルスワクチンの〈打ち手〉が不足している問題について、立憲民主党は21日、薬剤師もワクチンを打てるように法整備などを求める要望書を田村憲久厚生労働相に提出した。政府に早急に決断するよう促している。」「朝日新聞」5月21日
菅首相は24日、官邸で日本薬剤師会の山本信夫会長と面会し、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が円滑に進むよう協力を要請した。山本氏は〈薬剤師としても最大限の協力はさせていただきたい〉と応じた。山本氏は面会後、記者団に〈(ワクチンを)打つための接種体制の整備、確保のために薬剤師もほかの医療職と一緒に頑張ってほしいという要望を受けた〉と説明。〈打ち手が足りず、薬剤師もやれといわれれば、私どもは決して逃げることなく対応する覚悟を持っている〉とも述べた。」「産経新聞」5月24日
 高橋氏によれば、マスコミはワクチン接種体制整備に向けての動きを伝えるのは自分にとって不都合だと考え、報道していないということになる。しかし、マスコミ側は不都合だとは考えていないで報道しているというのが事実である。なぜ「不都合」などという見当はずれの憶測が出てくるのか。ここから先は私も憶測してみよう(見当はずれでなければいいのだが)。高橋氏は、マスコミがオリンピック中止へと傾いている国民の気持ちに迎合して、コロナの危険を誇張し、オリンピック中止を煽るような報道ばかりやっている、国民に媚びを売ることを旨とし、IOCバッハ会長やコーツ調整委員長の配慮を欠いた発言、自治体での海外選手の相次ぐ事前合宿中止決定、中止すべきではないかという様々な人の意思表示、海外メディアが示すオリンピック開催への懸念、小池都知事対丸川大臣のバトル等々、オリンピックに水をかけるよう報道ばかりをしている、と見ているのであろう。それに比べると、オリンピック開催を後押しすると高橋氏の考えるワクチン接種に薬剤師を活用する問題はマスコミにとって不都合なテーマであり、マスコミはこれを黙殺していると高橋氏は理解しているのである。しかしこれが誤解であって、マスコミがこの問題を報じていることは前述のとおりである。
 高橋氏の拠り所は日本の感染者数割合が欧米諸国に比べて低いということと、ワクチン接種がうまく機能するだろうということの2点である。感染者数割合とワクチン接種は相関的に論じるべきというのが氏の持論である。「原則として感染の拡大が深刻な国・地域から行われている」ので日本のワクチン接種率が低いのも異とするに足らずということになる。「4月19日時点で、世界84ヶ国で日本は71位と下位であるが、感染度合を加味すると、日本はほぼ平均の45位だった。現時点の5月21日ではどうか。世界112ヶ国で日本は80位であるが、感染度合を加味すると42位と平均よりやや良くなっている。5月24日から大規模接種が東京、大阪でスタートするので、日本でのワクチン接種は加速するだろう。もし、これから新型コロナ感染状況が極端に悪化せず、ワクチン接種が予定通りに進むのであれば、他国が今の順位のままで単純に考えると、2ヶ月後の五輪開催時に、日本の順位は感染度合を加味しない場合で25位程度、加味すれば10位程度と予想される。その予測通りなら、東京五輪は新型コロナに打ち勝ったといってもいいだろう。」
 71位と80位が接種率そのものに基づく順位であろうことは理解できるが、感染度合いを加味した45位と42位とがいったいどのような数値に基づく順位なのか不明である。接種率を感染率で補正するための変換式とその結果の数値が示されなくては、45位から42位へとか言われて私たちは何を納得したらよいのか。感染度合いを加味して42位といった数字はいったい何を論証するものなのか。42位と言えば日本の状況がそれほど悪くないことが分かるのであり、これで十分、それ以上の説明は不要だと高橋氏は考えているのか。もし引用している「Our World in Data」に何らかの説明があるならば、その説明をも載せるべきであろうし、高橋氏自身の変換操作によるのならば、なおさら説明しなくてはならないはずである。
 さらに理解不能なのが、2ヵ月後には日本の順位が単純数値で25位、感染度合いを加味して10位程度という予想。完全に根拠不明。他の国だってワクチン接種は加速するだろうし、新型コロナ感染状況を悪化させないように手を打つだろう。なぜ日本だけ状況が改善されるのか。もちろん日本人誰しも日本のコロナ対策が充実することを願っているが、そのことと、こんないい加減な数字を弄ぶこととは別物。無責任そのもの。そして、最後の1行こそ無責任の極み。「その予測通りなら、東京五輪は新型コロナに打ち勝ったといってもいいだろう」。このうしろに是非(笑笑)と付けたいところである。ワクチン接種が進んで世界10位(そもそもこの数字がでたらめで、意味がない)になることが、どうして東京オリンピックパラリンピックの開催可能の理由となるのか。あまりの論理のずさんさに情けなくなってしまった。
 高橋氏はツイッターで物議をかもしたことの責任を取って内閣官房参与を辞された。菅総理によれば「大変反省をしておられた」とのこと。氏のツイッターからは日本の緊急事態宣言を「屁みたいなもの」と形容した文言は削除されている。さすがにこの下品さはまずかったのだろう。しかし、日本のコロナ感染状況を「さざ波」と呼んだ文言は削除されていない。どうも、大変反省をしておられるようには見えない。
 それで、最後に「さざ波」について一言。高橋氏は資料として「Our World in Data」のデータから国別の感染者数割合を比較した折れ線グラフを挙げている。このグラフを見ればなるほど米国やイタリアは大波状態であって、これ対して日本をさざ波と呼ぶこともあながち的外れとは思えない。しかしこれは、感染者数の多い国と比べた場合であって、感染者数の少ない国と比べたらどうなるか。オーストラリア、ニュージーランド、韓国、台湾、マダガスカル(島国ということで興味がある)と並べてみた。すると日本が大波状態になってしまう。10日ほど前から台湾の感染者急増が気になるが、それでもまだ日本より低い(5月25日現在)。要するに、比較対象によって日本の感染状況はさざ波にでも大波にでもなるのである。さざ波だけを見て大波を無視し、日本の状態をたいしたことはないと言い張るのはいいかげんにやめたらどうか。