ステークホルダー and ファクト

 東京オリンピックパラリンピック組織委員会は競技会場における酒類提供のあり方について6月21日には検討中としていたのを、23日に急遽、中止にすると決定した。これは街なかの飲食店などでは一般に酒の提供自粛が厳しく要求されているなかで、オリンピックはやはり特別扱いじゃないかという批判が殺到したことを受けての決定であるとみられている。 
 この批判殺到に一役買ったのが丸川五輪担当大臣の6月22日の記者会見。競技会場での酒類の提供について訊かれ、「大会の性質上、ステークホルダーの存在がどうしてもある。組織委員会としては、そのことを念頭において検討されると思う。大声出さない、拍手だけで応援する観戦スタイルをしっかり貫かれるような形で、検討いただきたい」と答えた。これを受けて、SNS上ではステークホルダーって誰だ、ステークホルダーのために酒の販売を認めるのか、といった批判が飛び交い、会場や関連施設でのビール、ノンアルコールビール、焼酎、ワインの独占販売契約を結んでいる「アサヒビール」がツイッター上でトレンド入り。二階自民党幹事長までがアルコール禁止はしっかりしておくべきだとか言い出す始末。アサヒビールとしてはいっぺんに悪者にされて、どえらい迷惑だったろう。これがドラマであれば、社長が自分の部屋に掲げてある大臣のポスターをひきはがしてビリビリと引き裂き、土足で踏みにじるといったところか。
 ところで、この「ステークホルダー」という元英語、最近では日本語の中に入りつつあるが、それでも百人が百人とも理解できる単語ではなく、上の丸川発言を報じたメディアでも括弧して「利害関係者」とか「スポンサー企業」とか補っていることが多い。会見映像で確かめたところ、丸川氏自身はもちろんステークホルダーと言っただけで、利害関係者とかスポンサー企業などと翻訳しているわけではない。それは当たり前のことであって、故意にか無意識にかは分からないが、日本語で言った場合の露骨さをぼやかす為に使っているのだから。まさか、スポンサー企業の存在が、とは言えまい。
 政治家が外国語、たいていは英語(だけ)だが、日本語で言えないことはないのにわざわざ外国語を使うというのは、何かやましいことがあって、聞き手がはっきり理解してくれないほうが好都合である場合が多い。この点については、このブログ(2020.12.18)で「エビデンス」を例に挙げて書いたことがある。今回の「ステークホルダー」もまさしくその好例。
 ついでに東京オリンピック関連で最近気になった英単語使用例をもう1つ挙げると、小池東京都知事の使った「ファクト」。都知事は6月19日、東京オリンピックパラリンピック大会期間中に都内6カ所で実施予定だったパブリックビューイングをすべて中止する、と明らかにした。でもでも、と、ここで混ぜ返さないわけにはいかない。つい1週間前、11日には、パブリックビューイングについて、東京都内全ての開催を中止する方向で都が検討に入ったとの報道がされ、それに対し小池知事は「ファクトではない」と否定し、「発信された社、担当者宛てに、事実誤認であると抗議文を出させていただきました」とまで言っていたのである。「ファクトでない、抗議した」とおっしゃっていたのが1週間でコロッと変わった。
 「事実ではない」と言えばよいところをなぜわざわざ「ファクトではない」と言ったのか。「事実誤認」という語も小池知事は使っているのを見れば、「事実」でなく「ファクト」を使ったことのなかに、何かをはっきり言うのを避けたいという政治家的配慮を読み取るのは勘ぐりかもしれない。格別の理由もなく英単語が口を突いて出てきただけのことだろう。小池知事の趣味の問題なのかもしれない。丸川大臣の「ステークホルダー」ほどあいまいさを内包した怪しい語でないことは確かである。ただ、ひとつだけ確かなことがある。小池氏が「ファクト」という語を使ったときは今後注意すべし。「ファクト」は、1週間後には手のひらを返したように裏切られるかもしれないのである。