長浜大通寺と木ノ本地蔵とビールとパン

 近くのスーパーへ食材を買いに出かけるのと夕方の散歩以外に外出することはほとんどない。コロナ自粛下でとくに外出を控えているわけではなく、定年退職後のもっぱら家の中で過ごす生活をそのまま続けているだけである。それでも、春めいてくると少し遠出をしてみたいという気になることもある。遠出といっても自転車で行ける範囲をちょっと超える程度だけれど。
 それで先日、青春18切符を使って琵琶湖半周の遠出をしてきた。青春18切符は5回分で12050円。1回乗車あたり2410円。JRの全線、普通列車なら乗り放題という格安切符。乗り放題ということは降り放題ということでもある。特急や急行に乗れない点と、第3セクターの路線には別途料金が必要という点は不便であるが、乗り降り自由の利用価値はかなり高く、私も春と夏の期間にはよく使う切符である。この切符の使い方のひとつに、ひたすら距離を稼ぎ、一日でどこからどこまで行った、普通の乗車賃なら1万円以上かかるところを2410円で行った、ラッキー!という楽しみ方もあるらしいが、たぶんこれは少数派、あるいは例外派だろう。切符使用期間に車内やプラットホームで見かける同好の士(であることはすぐ分かる、ほんとうです)は多くが中年から初老の人たちで、距離を稼ぐことに関心も体力もなさそうな人たち。私と同じくちょっと遠出派のはず。なぜか、女性はグループが多く、男性はひとりが多い。
 で、先日の私の遠出は比叡山坂本10時3分発、近江塩津乗り換え、長浜11時28分着の琵琶湖北側半周。長浜の盆梅展は以前見たことがあるので今回はパスし、当てもなく店の立ち並ぶ町筋をぶらついていると、中心街の途切れるあたりにみごとな山門を発見。真宗大谷派長浜別院大通寺とある。広い境内には鳩の群れと日向ぼっこの母子連れ一組だけ。本堂はどなたでもお参りいただけますとの掲示を見て、さっそく靴を脱いで本堂にお参り。本堂から左側には大広間や書院が続いており、なかなか立派なたたずまい。拝観料500円が必要だが、円山応挙狩野山楽狩野山雪の襖絵が見られるし、枯山水の庭園もあるという。折から馬酔木(あせび)の盆栽展もやっている。見ずに帰るわけにはいくまい。という訳で拝観料を納め、渡り廊下から大広間へと向かう。大広間ってほんとに大きくて広いなどと素直に感心。冬はさぞかし寒かろうと余計な心配もする。襖絵では、応挙、山楽、山雪のものは色あせていて、いまいち訴えてこない。むしろ、書院の片面(多分西側の12枚)の襖全部に描かれた岸駒筆の老梅の図の雄渾さに感じ入った。(でも、実は私、日本画の歴史や画家について完全に無知で、岸駒は「がんく」と読み、江戸時代に京都で活躍した著名な絵師であったことは帰宅後調べて初めて知った)。この寺に嫁いだ井伊直弼の娘、砂千代が使っていた駕籠が展示してあって間近に見られたが、中を覗くと後方の左側に肘掛けがしつらえてあって、なるほど駕籠の中では斜め左後ろにもたれるように座っていたのかなと推測した。枯山水の庭は伊吹山を借景にしているとのことで、なるほどそのとおりなのだが、ちょっと遠慮気味なのではと思った。もっと大胆に伊吹山を取り入れたほうがよいのではというのが、これまた庭園美など理解しない私の勝手な感想。拝観していたのは私だけで、途中で出会ったのは寺の誰かお一人だけ。
 昼食は地ビールレストランの長濱浪漫ビールで。ここのビールは、いつぞや、長濵ビールが飲める大津市内の店は当店のみとうたっていたレストランで飲んだ時においしいと思ったビールで、去年の夏には注文して取り寄せもした。店訪問は今回が初めて。私は迷うことなく1980円90分飲み放題を選択。これは飲み物代だけで、別に料理を2品注文すべしという条件があるが、ひたすらビールをがぶ飲みするというのならいざ知らず、普通に食事してビールもいろいろ味わい、最後にウイスキーで仕上げをと考える呑み助にはとてもありがたい。この日、私は料理を3皿注文し、ビールを3種類(290ml入りグラスで3杯)とウイスキーをストレートで2杯飲み、ちょうどよい加減。
 朝、出かける時には長浜からの帰路をどうするか、北陸線東海道線を南下し、山科で湖西線に乗り換えて比叡山坂本へ戻るか(琵琶湖一周コース)、それとも来た時の経路を逆に辿るか(琵琶湖北側半周往復コース)は決めていなかった。しかし、長浜駅へ向かう時点では逆戻りコースに決めていた。決め手となったのは長濱浪漫ビールで食べたアヒージョについていたパン。木ノ本のつるやというパン屋さんのものだという丸くてふんわかしたパンがおいしかった。木ノ本には有名な地蔵さんがある。途中下車して、まずそこへお参りする。駅から徒歩で数分のはずで、道に迷ってもせいぜい10分かそこら。ついでにパン屋さんを探す。もしそのパン屋さんが見つかればよし、見つからなくてもダメ元である。木ノ本は小さな町だからあてずっぽうで行っても見つかるかもしれない。次の電車までの1時間という待ち時間はそんな散歩にちょうどよい。
 木ノ本北陸線で長浜から北へ4つ目の駅、所要時間14分。まずは木ノ本地蔵を目指す。迷いたくても迷えないわかりやすい道筋。本堂(地蔵堂)でお参りするが、本尊は秘仏とてお顔を拝むことはできない。その代わりに御戒壇巡りというのがあり、本堂の下に張り巡らされた真っ暗な通路を50メートル余り手探りで歩く。入口に、右手を腰の高さにし、右側の壁に常に触れながら一歩一歩進めと指示が書いてある。300円の志納冥加金を木箱に入れ、銅鑼をばちで叩いてから歩き始める。途中に「御結縁の鍵」というのがあって、これが本尊の地蔵大菩薩の手と結ばれている。この鍵に触れることすなわち御本尊の手に触れることなのである。この御戒壇はほんとうに真っ暗。完全なる闇とはこれであったかと納得させてくれる。自分の目が開いているのだろうかと疑ってしまう。何も見えない。ふと恐怖感にさえ襲われる。スマホで照らしたら何が見えるのかな。いや、そんなことはしたらいけないぞ。恐ろしい光景が見えるかもしれないし、もし何も見えなかったら・・・。入口に書いてあった指示をひたすら守るしかない。他に何の選択肢もなく、したがって何の迷いもない。こんなことは人生において珍しいことと言うほかない。御戒壇巡りは日本各地のお寺であるそうだ。私もだいぶ昔のことだが、善光寺の胎内巡りをしたと記憶する。でも、大勢の観光客ないし信者が他にもいたせいだろうか、真っ暗のなかに取り残されているという感じは持たなかったのではないか。記憶がおぼろではっきりしないけれど。それに比べて今回は闇というものをひどく実感したのは確かである。真っ暗の中にいたのは1分か2分か、よく分からない。外へ出てきて改めて掲示を確認すると、熱感知器・光感知器作動中という表示が目に飛び込んできた。あの中で明りをつけたいという誘惑は誰にでも起こるのかもしれない。
 境内を出て、琵琶湖のほうへ向かうゆるやかな参道を下りながらつるやパン店を探すが見つからない。JRの線路の所まで来ると踏切の向こうにスーパー平和堂の看板が見える。ひょっとしてあの辺りが商店街で、そこにあるのかもと思ったが、そこまで行って戻ってくるには時間が少し足りなさそうである。走るのはしんどくて辛い。それでパンはあきらめ、駅に戻った。15時25分木ノ本発、近江塩津乗り換え、16時43分比叡山坂本着で帰宅。そのあとグーグル地図で調べたら、パン屋さんはなんと木ノ本地蔵のすぐ横、境内を出て数件左にあった。私は、まっすぐ参道のほうしか見ていなかったので見落としていた。それからさらに、である。つるやパン店は長浜にも店舗を出していて、場所はなんと長濱浪漫ビールのすぐ裏手、東側の道を挟んだ向かい側である。これにて、次回からはおいしいビールとパンをいっぺんに手に入れられることが確実であると判明。さて、その次回の琵琶湖一周ないし半周の遠出だが、桜の咲く頃になるのか、新緑の頃か、猛暑の夏か!、はたまた紅葉の季節か。まったく私の気分次第で出かけるのみ。